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《よど号事件》「一切指示していません」国防部長官が明かす金浦空港で行われた偽装工作の真相

『実録 昭和の大事件「中継現場」』より #2

2020/12/04
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韓国・金浦空港へ

 天候も良く、「よど号」は順調に飛行を続けていたが、その航跡は当然防衛庁や韓国空軍のレーダーでも捕捉されていた。「よど号」は38度線をかなり越えた江陵(こうりよう)の沖合上空で西に進路を変えた。そのまま進めばピョンヤンに到着するはずであった。

 とその直後、思いがけないことが起きた。迷彩色を施した戦闘機が「よど号」の右側に現れたのだ。江崎は胴体のマークからすぐに韓国空軍の戦闘機であることがわかったそうだが、北朝鮮領内に入ったはずなのになぜ韓国の戦闘機が飛んでいるのか理解できなかったという。江崎は38度線を越えないうちに西に進路をとってしまったのかと思ったそうだが、韓国と北朝鮮の国境は38度線ではなく、休戦ラインに沿っているため、実際は朝鮮半島の東側はかなり北まで韓国領なのだ。北朝鮮に行ったことのない2人はそれを知らず、しかも渡された地図には国境も休戦ラインも描いていなかった。

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 そのうち「こちらはピョンヤンの進入管制です」という管制官の声が飛び込んできた。石田は北朝鮮にしてはずいぶん流暢な英語だと思ったそうだが、当時のボーイング727型機には自機の現在位置を示す装置がついていなかったため、誘導されるまま飛ぶ以外になかった。そして着陸したのが韓国の金浦(きんぽ)空港であった。午後3時18分、福岡を離陸しておよそ2時間20分経っていた。

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 江崎はそれまでに一度来たことがあったため、すぐに金浦空港だとわかったが、石田は初めてであった。ずいぶんアメリカナイズされた空港だなと思ったそうだが、やがて尾翼の赤いノースウェスト機が停まっていたのを見てピョンヤンでないことがわかったという。

金浦空港で行われた偽装工作

 しかし空港ビルを見ると若い女性が20人ほど花束を持ち、北朝鮮風の原色がかったチマチョゴリ姿で待っている。ピョンヤンに着いたと有頂天になっていた赤軍派はすぐに降りる準備を始めたが、後ろの方にいて窓の外を見ていたメンバーの1人が突然、「ここはピョンヤンではない。シェルのタンクが見えるし、飛行機もアメリカ製だ」と叫んだ。

 この男はプラモデルが大好きで飛行機の種類に詳しかったのである。あわてた赤軍派の1人がコックピットの窓から身を乗り出すようにして近づいてきた空港の職員らしい男に声をかけた。「ここはピョンヤンか」「はい、ピョンヤンです」と答えると、「ピョンヤンだというのなら金日成主席の写真を持ってこい」と迫った。北朝鮮の空港ならどこにも金日成主席の写真が飾られているが、金浦空港にあるはずがなかった。しかしその男性職員がうっかり「まもなく大使が見えますからお待ち下さい」と口をすべらせたのが決定打になった。国交のない北朝鮮に日本の大使がいるわけがないからだ。