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 日本政府の指示でその日の夜韓国入りした山村新治郎運輸政府次官はのちに「北朝鮮領空を飛んでいる飛行機がピョンヤンを呼んでいたらこちらピョンヤンだと応答し、金浦空港に誘導してしまえばいい。それが北朝鮮の飛行機ならそのまま捕まえてしまえばいいのだ」という話を耳にしたと語っている。韓国ではその前年、大韓航空機がハイジャックされ、北朝鮮に着陸させられるという事件があり、機体はもちろん、乗客乗員の一部がいまだに帰ってきていないという状況にあっただけに、管制官が独断で実行したとしてもありえない話ではなかった。

騙されたといきり立つ赤軍派

 そうした情勢であるうえ、陸軍士官学校時代に薫陶を受け、恩義を感じていた丁長官は何とかして日本人を救って恩返ししたいという気持ちが強かったという。そこで丁長官はただちに行動に移り、偽装工作は無用な混乱を招くだけだとして中止させ、「お前たちが乗客をおとなしくただちに降ろせば、行きたいところに飛んで行けるようにする。そうしなければ、お前たちは何日でもこの場所から離れることはできない」という自ら作成したメッセージを管制塔を通じて無線で伝えた。

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 しかし騙されたといきり立つ赤軍派はそれを無視し、逮捕しようとすれば自爆すると繰り返すだけでその日は暮れてしまった。

実録 昭和の大事件「中継現場」

久能靖

河出書房新社

2020年11月20日 発売