丁長官はわざわざ持参してくれた当時のメモを見ながらてきぱきと質問に答えてくれたが、「よど号」の金浦空港着陸について「韓国側は事前に知っていて準備していたのか」と尋ねると意外な言葉が返ってきた。
「偽装工作を指示していません」
「事前には何も知らないし、私はいっさい偽装工作を指示していません」。
丁長官は大統領府である青瓦台にいる時に「よど号」が突然進路を変えて南へ向かっているという報告を受けて空港へ向かったほどである。
丁長官が空港に着いた時にはすでに「よど号」は着陸しており、偽装工作のための混乱が始まっていたが、最初は何を騒いでいるのかさっぱりわからなかったという。ただ丁長官は事前に、「よど号」が北朝鮮に向けて飛び立っても航行を妨害しないことと、韓国内に着陸したいと連絡があった場合は着陸に協力することという命令は、全軍に出してはいた。だが、誘導するようにという指示はいっさい出していない。
「よど号」が急に向きを変えた理由が錯綜
その頃、羽田のオペレーションセンターでは長野運航基準部長が連絡用のインターホーンを通じて石田機長には伝えてあったと得意気に会見していたが、石田も江崎も日航側からそのような指示はいっさいなかったとのちに否定している。また「なぜ『よど号』が急に向きを変えたのか」という質問に長野部長は、防衛庁からの情報だと断わったうえで北朝鮮の対空砲火があったからだと説明したが、その後どんなに調べてもそのような事実は確認できなかったし、北朝鮮の朝鮮中央通信は「デマであり、北朝鮮の威信と名誉を著しく傷つけた」と激しく反発した。
こうなると、いったい誰が金浦空港に「よど号」を降ろしたかである。誰の指示もなく飛行機を誘導して降ろせるとしたら管制官しかいない。丁長官も同じ見方をしていたが、この時、丁長官が調査した限りでは特定できなかった(じつはそれから数年後、自分が独断で誘導したという1人の管制官が名乗り出ているが、私の取材した時点ではわからなかった)。