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冷たい水を何度も体にかけて

〈蒸気が立ち昇っている茂さんは私の手を引っ張り、蛇口をひねって水を注ぎかけながら私を慰めました。

「お前泣くなよ。ほら、泣くな。痛いか? お前は悪くない。お前は悪くない」

 冷たい水をしばらく手にかけましたので、いくらか私も冷静になってきました。だからもう泣かずに、彼が茶碗で水をかけて冷やすのを見て私も彼に肩から何杯も水をかけてあげました。

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 茂さんは私が泣いていないのを見て、「お前は、ここから動くな。水で冷やし続けなさい。おれは風呂で水を使って体を冷やすから」。

©iStock.com

 そう言われても茂さんのことが心配で2、3分後浴室に行ってみました。茂さんは、一生懸命、体に水をかけていました。私は蛇口からバケツに水を汲み茂さんに渡しました。自分でも別の器で水を注ぎました。2つの蛇口から2つの器でかわるがわる冷たい水をかけました。冷たい水で身体が冷えたのか茂さんは今度は震えだしました。

 私は突然病院に行こうと思い、すぐ彼にそう言いました。

「医者に救急の電話するね」

「うん」

 私は小走りで居間に戻り電話を取って「もしもし」と言いましたが誰も出ません。電話番号を押していなかったのです。引き出しをひっくりかえし、息子の病院カードを探し出し、八日市場市民総合病院(現・国保匝瑳市民病院)に電話をかけました。

大ヤケドを負った茂さんの運転で病院へ

「もしもし」

 相手が電話にでました。

「すみません。火傷をしましたが、先生はいらっしゃいますか」

「皮膚科の先生がいるか確認します」

 私は電話を手にイライラしながら数分待ちました。この数分がとても長く感じられました。浴室の茂さんが気になり、電話をおき、浴室に行ってみました。

 彼はまだ水をかけています。

「病院に電話をしているけど皮膚科の先生がいるかどうか確かめている。まだ水をかける? それとも病院に直接行く?」

©iStock.com

 居間に戻って電話に「もしもし」と言ったが誰も出ません。

 茂さんが浴室から出てきました。震えています。厚手の服を着せて欲しいというので、探して、なるべく皮膚に触れないようにゆっくり着せました。ズボンを穿くのも手伝いました。

 電話のそばに戻り、また「もしもし」と言いましたが誰もでません。どこへ行ったのでしょうか。どうしたらいいのか彼の意見を聞きました。

「自分で行こう」

 茂さんの声は、小さくて蚊が鳴くようでした。電話をあわてて切って濡れたパジャマとエプロンをはずし外出着に替え、車に乗りました。ところが車はオートマでなくてマニュアル車なので、私には運転できません。茂さんが自分で運転するしか仕方ありません。彼は震えています。ハンドルに手をおくとき支えてあげました。

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売

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