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何の屈託もなく開かれた扉
今も親族が暮らしているという実家の場所も面倒がらずに詳しく教えてくれた。小平が暮らしていたときと変わらぬ場所にあるという。
小平の実家へ歩いていくと、年月を重ねてきた日本建築の家が目に入ってきた。明治時代、小平の父親はこの村で旅館を経営していたが、村でいちばん繁盛していたときもあったという。
「こんにちは」と声をかけると、家の中から「はーい」という若い女性の声がした。玄関の引き戸越しに取材で来たんですと言うと、何の屈託もなく、「どうぞ」と言った。
引き戸を開けると、心地よい杉の香りが漂ってきた。広々とした土間は、かつて旅館を経営していた名残だろう。女性は私が、まさかこの家から出た殺人者のことを取材に来たとは思っていない。すんなりと迎え入れてくれた。もしかしたら、彼女は小平義雄のことを知らないのかもしれない。私は彼女の快活さを前にして、「事件」という単語を発することができなかった。
どういう経緯で彼女がこの家に嫁いできたのかは勿論知るよしもなかったが、小平とは親族ということもあり、つい数代前の殺人者のことは知っていると考えるのが普通だろう。
「集落の歴史を調べているんです」
当たり障りのないところから、会話をはじめた。
「たまにそういう方がいらっしゃるんですよ」
彼女は笑みを絶やさず、話を続けた。
「うちは旅館を経営していたと聞いています。このあたりにも昔は何軒も旅館があったみたいです。昔のことは、私はちょっとわからないんですよ。義理の父なら詳しいんですけどね」