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酒も飲まず趣味もなく「性欲一本に集中」

 それにしても、妻の前では凶暴な素振りをおくびにも出さず、家庭においては子煩悩で、よき夫の一面を見せていた小平は、なぜ殺人鬼となり、7人もの女を犯し、殺したのか。

「人面獣心」と小平は供述調書で述べている。本件は、内村鑑三の長男で著名な精神科医の内村祐之が精神鑑定を行っており、『日本の精神鑑定』(みすず書房)にその鑑定内容が収録されている。

 “酒もたしなまず映画等の趣味もなく、収入の多くを買淫に費し、乏しい食糧までを女性の歓心を得ようがために使っていた小平の衝動生活は、性欲一本に集中されて、しかもその程度のはなはだ高いものであった。そして彼は、性的快感をさらに高めるべき新しい刺戟として、新しい女性を絶えず求めていた。たまたま相識の女性の宮○の帰郷に際して、彼の生来の悪癖たる暴力が発揮され、強姦の発覚を恐れてこれを絞殺、遺棄するに至ったが、この残虐行為が単に隠匿の目的を達したのみならず、この際の性感がかつてないほど強烈なものであったので、さらに同様の方法によって後続の犯罪を繰返すに至ったものであると。─すなわち意識的には目的のための残忍行為であるが、実質的には性感を高める狭義の嗜虐症的意味をもふくめた行為であったと見なすことができる”

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事件を犯す前から、街でも常に女性を物色していた ©️八木澤高明

 事件を犯す前から常に女を漁色していた性欲の強さに性格の凶暴性が加わり、犯し殺すことがこの上ない快感になったのだと、内村は分析している。凶暴性に関しては、性格検査において「腹が立つと、どこだろうと、誰の前だろうと、すぐ夢中になって、自分の言ったことも覚えがなくなってしまう」という感情の暴発性を指摘された。普段は人当たりもよく、温和だが、ひとたび気に食わないことがあると感情を抑制することができず、爆発的に激しい言葉を発したという。そうした行為をはたらいても、反省と後悔の念がほとんどなく、けろっとしていた。犯した罪をすぐに忘却し、約1年の間に7人もの女を殺めたこともうなずける。人面獣心という小平の言葉が、事件そのものを的確に言い表していた。

小平の故郷を歩く

 観光客で賑わう日光東照宮の門前を過ぎると、車の交通量は減り、緑濃い山々が目の前に迫る。私は小平が生まれ育った村へと向かっていた。村は細長い谷の中にあった。

小平は食料が手に入ると女性を誘い、この山林に連れ込み強姦した後、殺めた  ©️八木澤高明

 車を走らせながら、話を聞けそうな人はいないかと目を凝らしていると、国道から一段高い土手に麦わら帽子をかぶった老人が座っているのが見えた。私は車を止め、すぐに老人のいる場所へと向かった。目の前には濁りない紺碧の水をたたえた貯水池が広がっている。古河電工が精銅所で使う電力を自家発電するために、中禅寺湖から引いた水力発電所のダムである。

「こんにちは」

 私の声を耳にすると、老人はゆっくりとした動作で振り返った。

「小平義雄の事件で取材に来たんです」

 老人はぽかんとした表情をした。同じ村に暮らした者として、小平義雄のことは当然知っているだろう。だが、同時に最大のタブーでもある。何も話したくなくて恍けているように見せかけているのかと思ったが、まったくの見当ちがいだった。

「あっ、人を殺した小平(おだいら)さんのところの義雄さんのことか」

 世間では小平(こだいら)と呼ばれているようだが、“おだいら”と呼ぶのが正しい。

小平が生まれ育った村 ©️八木澤高明

 老人は合点がいったのか、何の躊躇いもなく話しはじめた。「今も親族は住んでるよ。この部落にはおだいらさんは多いんだ。わたしゃまだ小さかったから直接遊んだりしたことはなかったけれど、亡くなったうちの叔母なんかはよく義雄さんと一緒に遊んだって話を聞いたな。まぁ小さいときのことだから、特別何も他の子どもとは変わったところはなかったみたいだけどな」