それでは「兄貴」は何者なのか?
では、現在も留置場にいる「群馬の兄貴」についてはどうか。彼らは口々に話した。
「彼も不法滞在者。この家の住人ではいちばん年上だから“Anh”(兄貴、年長者)と呼んでいたけれど、それだけ。実はヤクザでもなんでもないよ」
「ネットでマフィアの元締めみたいに言われているのは、違う。タトゥーを入れるベトナム人は多いし、それだけで反社会組織の人間だとは限らない。もちろん、豚は盗んでない」
驚いたことに、食卓を囲む約10人の男女は、誰一人として「兄貴」と家畜窃盗の関係を認めなかった。口調からなにかを恐れているような雰囲気や、口はばったそうな雰囲気も感じられない。
そもそも、仮に「兄貴」が不良ベトナム人マフィアの元締めのような人物であれば、こんな貸家で他の不法滞在者たちと小鮒や雑草を食べ、雑魚寝をして暮らすような生活はしていないはずだろう。
フェイスブックにアップされていたさも「マフィア」っぽい写真も、よく見ると「兄貴」が手にしているのはおそらくモデルガン、他の舎弟が持っている長大な刃物は、ベトナムでは一般家庭に常備されている牛刀である。靴やジーンズも高級感がなさそうに見える。
技能実習制度は、身も蓋もない言い方をするならば、ベトナムの「情弱」なマイルドヤンキー層の若者を甘言で釣り、低賃金の労働力を必要とする日本の中小企業に送り込む仕組みだ。ゆえに来日する人のなかには、タトゥーくらいは入れているヤンチャなブルーカラーの人も少なからずいる。
「兄貴」のフェイスブック写真に一緒に写っていた舎弟たちも、ひょっとしたらそういう人たちではなかったか──? 一種のコスプレとして、ヤンチャ仲間とマフィアのふりをしてみただけのようにも思えるのである。
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周囲の人物や勾留中の仲間たちの証言から見えてきた「群馬の兄貴」の素顔と、別の豚解体アパートの突撃取材などから見えてきた北関東家畜窃盗事件の真相については、12月10日から発売されている「文藝春秋」1月号および「文藝春秋 電子版」に寄稿している。
より詳しく知りたい人は、ぜひ雑誌を手にとってご覧いただきたい。
撮影=安田峰俊
北関東「家畜泥棒」事件の真相