「さっさと出ていけ!」
通訳のTが呼ばわる。彼は日本育ちのベトナム難民2世の青年で、私とは6年来の友人だ。しかし、外に洗濯物が干されているにもかかわらず屋内からの反応はない。
周囲を探索すると、サッシ戸の外にベトナムの男性がよく吸う巨大な竹製の煙草パイプが放置されていた。しかも戸の鍵が開いている。おそるおそる開けてみると、室内には煙草の吸殻と飲みかけのペットボトル、公共料金の督促状の束があった。
督促状には外国人らしきカタカナの名前が書かれている。また、部屋の鴨居には、住民の名前らしきベトナム語が手書きされた紙が貼られ、さらに奥には──。
すると突然、奥の襖がガラッと開いて東南アジア系の若者が顔を出し、ベトナム語で一気にまくし立てた。
「誰だぁ、お前ら!? どうせ豚の盗難の件で来たんだろう? 仲間が捕まってから、日本人の記者どもが大勢、写真を撮りにきて気分が悪いんだ。さっさと出ていけ!」
Tと一緒に彼をなだめる。根気強くコミュニケーションを取っていると、言葉が通じることやTが同世代であることからか、彼は次第に態度を和らげ、ついに「上がれよ」と屋内に迎え入れてくれた。根は悪い人ではなさそうだ。
一斉逮捕で「兄貴ハウス」が崩壊
彼の名はヴァン(仮名)。ベトナムに妻子を残して2年前に技能実習生として来日したが、劣悪な労働環境と低賃金に嫌気がさして逃亡、不法就労者になった25歳である。だが、コロナ禍が深刻化してから、ほぼ失業状態になってしまった。
「ベトナムにいる家族のところに帰りたいけれど、フライト数が減って航空券もすごく高くなって、帰りようがないんだ。入管にも出頭したんだけどさ」
現在、彼のようなベトナム人が多いことは、すでにさまざまなメディアが報じている。不法滞在と言えば聞こえが悪いが、彼らはもともと日本国家の技能実習制度の落し子であり、しかも入管に出頭しても、コロナ禍の混乱のなかで自宅待機を命じられて帰国できない立場にある。
「それが、この間(10月26日)の大捕物では不法滞在容疑で逮捕だよ? 入管に出頭したときは家に帰したくせに、なんで逮捕するんだか。日本の警察がやることはわけがわからねえ」
もちろん不法滞在者である以上、入管や警察の指示には従うべきだろう。ただ、兄貴ハウスの住民からすると、謎の一斉逮捕によってわずかに不法就労をおこなっていた仲間も収入源を絶たれてしまった。生活はたいへん厳しく、もうすぐ電気やガスも止まりかねないという。
「逮捕された『兄貴』のことかい? 同居人の一人だったし、優しいいい人だったよ。でも、彼の仕事のことはよくわからないが、豚を盗んではいない。マジで、この件は俺たちはシロなんだ」