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「トップクォークが見つかるか賭けをしないか」小柴昌俊さんは優しく厳しい“親分”だった

2020/12/22
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「本当は負ける方がよかったんです(笑)」

「JADE実験の主な目的の一つは、トップクォークの探索でした。クォークの中でも重くて見つけにくいとされた素粒子ですが、実験が始まる前、皆で話をしていた際、小柴先生が『トップクォークが見つかるか賭けをしないか』と持ちかけられたんです。負けた方が、飯を奢るという条件です。小柴先生は『発見できる』、応じたのは僕だけで、『発見できない』に賭けました」

 JADE実験は、クォークとクォークを結び付ける糊「グルーオン」を発見するなど画期的な成果を残したが、ついにトップクォークは発見できなかった。山田氏は賭けに勝ったわけだ。

「本当は負ける方がよかったんです(笑)。トップクォークが見つかれば本当に嬉しいから、賭けに負けたってどうってことありませんからね。だけど残念ながら勝った。南千住にある尾花という有名な鰻屋さんでご馳走になりました。まあ、一緒にご飯を食べる理由が付けば、何でもよかったんです。でも今思えば、小柴先生はああいう形で、皆を鼓舞したのでしょう」

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 小柴氏のノーベル賞受賞の決定を知ったとき、山田氏はスイスのジュネーブ郊外にある欧州原子核研究機構(CERN)に滞在し、会議に参加していたという。

偉業をもたらした「カミオカンデ」

「受賞が決まる前日、ノーベル賞委員会のメンバーの女性科学者もその会議に出ていたんですが、彼女が“You will cry.”(あなたは泣きますよ)と休み時間に声をかけてきたんです。ひょっとしてノーベル賞のことかなと思いましたよ。でも、嬉しくて泣くのか、悲しくて泣くのか、どっちのcryかわからない(笑)。彼女も言葉を選んだんでしょう。結局、歓喜の方でした。泣きはしませんでしたが、嬉しかったですね。ずっと待っていましたから」

2002年ノーベル賞授賞式での小柴昌俊さん ©AFLO

 小柴氏のノーベル賞の受賞理由は、「天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」である。われわれは普通、光でものを見る。しかし、小柴氏は、はるか遠くの天体から放出されるニュートリノと呼ばれる素粒子を使って、いわばレントゲンで人体内部を透視するように、光では到底観測できない天体の内部の様子を捉えられることを示した。なぜそんなことが可能かと言えば、ニュートリノがほとんどどんな物質とも反応せず、素通りしてしまう幽霊のような粒子だからだ。

 その偉業をもたらしたのが、3000トンの水タンクと、ニュートリノと水との衝突の際に生じる微弱な光を捉える1000本の光電子増倍管からなる観測装置「カミオカンデ」である。1987年2月23日、岐阜県神岡鉱山の地下1000メートルに設置されたカミオカンデは、大マゼラン星雲から届いた超新星爆発で生まれたニュートリノを検出することに成功した。