ただ、日本にあった売春街は数が多すぎて自分ひとりの手には負えないということも次第にわかってきた。遊廓と呼ばれるものは最大で600箇所弱あり、戦後の赤線と呼ばれる箇所も1700くらいある。いくら「ライフワークにしたい」と息巻いたところで土台無理があります。しかも、当時の遊廓の資料は古書店で入手するしかないんですけれど、プレミアがついていて1冊5万円や10万円という本もザラでした。
5万円や10万円で売られているそうした資料を復刻して、それを数十分の一で流通させていけば研究も加速する。つまり緩い組織化みたいなものができるんじゃないかなと思って、2014年に出版社を立ち上げ、後に書店も開くことにしたんです。復刻する資料の入手先はさまざまですが、基本、泥臭くテキストを探して、それを1文字ずつ手打ちで入力する。そんな地道な作業をしています。
――書店を訪れてくるのは女性が多いと聞きました。
渡辺 今ではお客さんの8割方が女性ですね。一人で来る方もいれば友達と連れ立ってくる方もいる。カップルで来ても、たいてい女性が男性を引っ張って連れて来ている感じです。客単価も女性のほうが数倍高い。10分ほど店にいて、ぽんぽんと見繕って1万円分くらい本を買っていきます。
こういう店に来るのは、いかにもサブカル好きに見える女性客が多いだろうとイメージしがちですが、20代後半から30代前半くらいの普通の女性がほとんどです。吉原で働く女性もたまにいらっしゃいますが、そう多くはない。みなさん遊廓というものが好きで、ファングッズのような感覚で購入しているのかもしれない。資料室を利用するのも圧倒的に女性で、しかもほとんどが遊廓に関心を持ち始めたばかりのビギナーですね。
「働いていた女性の気持ちを書かれた本が読みたい」
――どんな本を買い求めるのでしょうか。
渡辺 これまで30タイトルくらいの本を出していますが、いちばん高いもので5000円、安いもので1800円です。私が最初に復刊した本で、5000円(税別)する「全国女性街ガイド」(渡辺寛著)が店で一番の人気ですね。1955年、全国各地の約350を超える赤線や風俗街を訪ね歩いた著者による稀有なルポルタージュです。250を超える遊廓を網羅している戦前の「全国遊廓案内」(1930年出版)という復刻本もよく出ています。各地の店の名前や最寄り駅、女性の数などが記されていて、資料的な価値は高い一冊です。