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私は罪を償わねばなりません

 いずれにしても茂は救急車で病院に搬送され、緊急措置の結果、一命を取りとめた。しかし二度と意識が戻ることはなかった。

 以上の記述はあくまで詩織の手記に基づくものだ。“事件”は密室ともいえる2人の家で起きており、一方だけの言い分だ。どこまでが真実かは、知る術がない。

〈茂さんが病院の特別の部屋(集中治療室)から一般病棟に移動しました。私は看護師さんの助手になり、介護をするのに、何をどうすればいいのか少しずつ教わりました。

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 髭剃り、洗顔、体拭き、理髪、おしめ換え、手足の爪きり、鼻毛きり、耳かきです。

 茂さん、私を許してください。私は罪をつぐないます。ゴム手袋をして、看護師さんにおしめの換え方を教わります。もう看護師さんがいなくても、茂さんの世話はひとりでできます。それに、こんなひどい状態にするつもりはありませんでした。ただ、茂さんの体が弱って私の要求に応えてくれるようになれば、と思っただけなのです。許してください。早く良くなってください。少しずつでも、ゆっくり良くなってください。私は罪を償わねばなりません。知らずしらずのうちに涙が出てとまりません。もう何もかもどうでもよくなりました。唯一の希望は茂さんが良くなることだけです。〉

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 しかし、茂はベッドの中で静かに眠ったままだった。

 詩織は連日、茂に付き添い看病に専念した。しかし、新たな問題が噴出した。

「口座のお金は下ろせません」

〈私は茂さんの回復を心から願っていましたが症状は変わりません。そのうち生活費が足りなくなり、茂さんの預金を下ろそうと農協へ行きました。すると係りの人がこう言うのです。

「口座のお金は下ろせません。傷病保険の保険金も、証書に書かれている本人が退院して始めて使えるものです。口座のお金は鈴木茂さんのものです。他人ではダメです」

 私には何が問題なのかわかりません。預金には私がアルバイトをしたお金も少しは入っています。それを少し下ろして、病院の支払いや生活費に使いたいだけなのです。だから、こういいました。

「でも私たちは夫婦でしょう」

「委任状かメモ書きでもあれば可能なのですが」

 仕方なく、私は物や米を売って生活するしか方法がありませんでした。

 茂さんの脳波は終始低いところにあって、委任状など書ける筈がありません。心に落ちたこの重い爆弾はどう受け止めればいいのでしょう。〉

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売