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橋本愛はのんを「玲奈ちゃん」と、小泉今日子はプロデューサーに…『あまちゃん』ファミリーの今

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2020/12/20
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まるで「現代の神隠し」をみているような数年間

 まるで『千と千尋』みたいだね、とファンはこの数年、彼女について話してきた。宮崎駿の代表作『千と千尋の神隠し』の中で、主人公の少女である荻野千尋は、迷い込んだ異界で湯婆婆との契約に縛られ、本当の名前を奪われ「千」と呼ばれるようになる。

 のん、かつて能年玲奈と呼ばれた女優と所属事務所の間にあった問題の詳細については、特に芸能界のインサイダーでもない筆者の立場からは控える。だが、いち視聴者として、あれほど日本中に愛されたスターがある日突然メディアから姿を消し、そのことが徐々に忘れられていく日々の流れは、ある意味で現代の神隠しを見ているような数年間だった。彼女を隠したのはもちろん神ではなく、僕たち人間の社会なのだが。

 

「あまちゃん」は実質“ダブルヒロイン”だったのでは

『あまちゃん』は不思議なドラマである。公式には能年玲奈の単独主演だが、宮藤官九郎の脚本は実質、能年玲奈と橋本愛のダブルヒロインとして描かれていたと思う。能年玲奈演じる天野アキと橋本愛演じる足立ユイ、二人のキャラクターの対比の鮮明さ、月と太陽のようにお互いが互いのオルタナティブであるようなあり方は、劇中で組まれるユニット「潮騒のメモリーズ」と重ねてファンに愛された。

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 ただ一人のヒロインをプリンセスに置いて観客の視線を集中させるのではなく、複数の女性キャラクターを配置することで女性の生き方に選択肢を持たせ、その選択を互いに交差させ干渉させることでドラマを生んでいく宮藤官九郎の作劇術は、二人の母親世代を描く回想でも繰り返される。

 小泉今日子演じる天野春子と、薬師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美は、歌唱力のない美しいアイドルと、歌唱力だけを搾取される無名の少女というオルタナティブ、女性が社会から求められる二面性を隠喩する巧みな構造で描かれた。

小泉今日子 ©文藝春秋

 小泉今日子はエッセイ『黄色いマンション 黒い猫』の中でドラマを振り返りつつ、「春子がなれなかったアイドル。私がならなかったお母さん。人生は何が起こるかわからない。どこで何を選んで今の人生に至ったかはもうわからないけれど、ほんの小さな選択によって、春子が私の人生を、私が春子の人生を送っていたのかもしれない。私が選ばなかったもうひとつの人生。だから、春子とアキ、私と能年ちゃん、二つの関係が物語を通して進行するという不思議な経験をしている」と書く。

 のんが渡辺えり主宰の舞台『私の恋人』で舞台に立った本多劇場にも、小泉今日子の名で祝いの花が飾られていた。渡辺えりは『あまちゃん』では現役の海女、今野弥生を演じている。彼女が大手メディアから「神隠し」にあった期間にも、共演者たちとのつながりは途切れることなく続いているように見える。