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 そして声がしてきたんです。

「あなた」「パパ」「熱いよ、助けて、助けてーーーーー、熱いーーーーー」

 私は思わず目を閉じようとしました。しかし、閉じることができないのです。瞼すらも金縛りになっていたのです。

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*   *   *

 徳山さんは、鬼気迫る表情でお話ししてくださいました。そして話し終えると、私にすがるように感想を求めてこられました。

 私は、恐らく心霊スポットにおられた母子が、徳山さんに助けを求めてこられたのではないでしょうかと、見解を述べました。

「三木住職、そんなはずないんです」

 すると徳山さんは意外なことをおっしゃいました。

「三木住職、そんなはずないんです。だってこの話は嘘の怪談話なんですから」

 徳山さんはそう言うと、帰って行かれました。

 何故かと問われると答えに困るのですが、私には、この話の全てが嘘だとは思えませんでした。もしかすると、火事のあったとされる家の番地やその時の様子が、やけにリアルに感じられたからかも知れません。

 そこで私は、実際にお聞きした火事の現場を調べることにしました。

 すると私の予想通り、そこには実際に火事で焼けた家があったのです。しかも、当時のニュースを調べると、その火事では、母子が家に取り残されて亡くなっておられました。

 その母子の名字は、徳山さんでした。

©️iStock.com

 ここからは私の想像でしかないのですが、火事の時に逃げ出してしまった父親が、今回お話しに来られた徳山さんご本人だったのかも知れません。

 自分の弱さや罪を感じて、真実を告白しようとして、ギリギリでこの話は嘘だと逃げてしまわれたのかも知れません。

 人間は失敗をすることがあります。時には罪を犯してしまうこともあるでしょう。過去は変えられませんから、そうなってしまったら仕方がないと思います。

 ですが、どんなに大きな失敗や罪を犯したとしても、決して嫌な人間にはなってはいけない。そう私は思うのです。

続々・怪談和尚の京都怪奇譚 (文春文庫)

三木 大雲

文藝春秋

2020年8月5日 発売