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「もうすぐ着くからな」

(いやいや、いや、き、きっと冗談だよね!)

 私はとんでもなく動揺していたが、とりあえずそう自分に言い聞かせて仕事に戻った。嫌なことは頭から締め出そうと必死に仕事をした。その努力の甲斐あって、なんとかさっきのお客さまのことは忘れ去ることができそうだった。

 が、そんな時、タイミング良く私の元にご指名の電話がかかってきた。

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「N本さーん、お客さまから電話入ってるよー」

 ご指名いただきました。嫌な予感しかしない。そして名前を聞くと案の定、先ほど電話を切られてしまったお客さまだ。動揺が隠せずなぜか半笑いの私を不思議そうに見ている同僚から、おそるおそる電話を受け取る。

「あ、○○さま、ですか……? 先ほどはどうも~」

「ああ。今、××インターまで来た。もうすぐ着くからな」

 ひぃ! ほ、ホントに来てる!? しかも××インターって、結構近い!

 私いったいどうなっちゃうの? 殴られるの? 跡とかつけられて家に火とかつけられちゃうの?

ガソリンが撒かれていたことも……

「か、課長――!!」

 私はぷるぷると震えつつ、とりあえず高田純次課長の元へ走って報告しに行った。

 でも、高田純次は、こういうことにあんまり真剣に取り合ってくれない人なんだよなぁ……。案の定、私の必死のSOSは「あ、そう」と言われただけで一蹴された。

「とりあえず会社の中は、警備がいるから安全だよ~」

 ちょっ!! もし外に出た時、何かあったらどうするんだー! 

 私はそれから、定時までびくびくしながら過ごした。

 その後も何回か「今近くにいる」「もうすぐ着く」という電話が入ったけれど、結局、お客さまは会社には現れなかったようだ。本当に近くまで来たのか、ただの脅しだったのか今となってはわからないが、会社を出てうちに帰るまでの間も生きた心地がしなかった。

©iStock.com

 後でわかったけれど、督促をしているとこういったことはめずらしくはないらしい。朝出社してみると、社屋の前にガソリンが撒かれていたこともあった。長らく督促を続けるとシューゲキ予告もキョーハク電話もなれっこになってしまう。

 対策として、少し前ならコールセンターで督促をする場合、男性は「山田」、女性は「田中」などというふうに共通の偽名を使うこともできたけれど、現在はコンプライアンスの観点から本名以外を名乗ることは許されていない。

督促OL 修行日記 (文春文庫)

榎本 まみ

文藝春秋

2015年3月10日 発売