いまだ収束の兆しが見えない新型コロナウイルスの感染拡大。報道では連日のように感染者数の増加・減少が伝えられている。しかし、感染症医・岩田健太郎氏によると、感染者数をただ追うだけでは客観的なデータとして意味をなしていないという。同氏の著書『僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス』を引用し、新型コロナウイルスをめぐるさまざまな報道の是非についての見解を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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「安心」は実在しない

 感染第二波がやって来てから、「医療体制は逼迫していない」という言葉を耳にするようになりました。僕がそのフレーズを初めて聞いたのは、2020年7月3日だったと思います。

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 その前日、東京都の新規感染者が2ヵ月ぶりに1日100人を超えました。それに対して加藤勝信厚労大臣(当時)は「医療提供体制という意味においては、逼迫している状況にはない」と記者会見で述べました。

 7月9日、東京都の新規感染者は224人でした。224人というのは、その時点では過去最高の数字です。しかし、翌日から東京都ではイベントの入場規制が緩和されました。

「医療体制は逼迫していないこと」がその理由の一つであると、7月10日の記者会見で菅義偉官房長官(当時)は述べています。

「犯罪は増えているけれど、警察は逼迫していません」と言うようなもの

 7月上旬の東京で、医療体制が逼迫していたのかどうか。事実は僕には分かりません。日本の医療状況をすべて把握するだけのデータを持っていないからです。しかし、事実を検証するまでもなく、厚労大臣と官房長官の発言が間違っていることは明らかです。事実、その後、高齢者の感染、重症者の発生が続き、第二波の死亡者は本稿執筆時点で600人以上になっており、その数はさらに増える可能性が高い。兵庫県にある新型コロナの集中治療室(ICU)はほぼ満床になっています(10月16日)。新型コロナウイルス感染症は呼吸不全が起きてから死亡まで数週間、場合によっては数ヵ月もかかります。ICUの闘病期間も長く、集中治療は逼迫しやすいのです。そして、それは後になってからやって来る。7月の時点で専門家はすでに予見していたことですが、政治家たちは看過してしまいました。今、ここがよければそれでよい、という安易な発想をしたためです。

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 感染者が増えていること。医療体制が逼迫してないこと。両者はまったく別の問題です。それはいわば「犯罪は増えているけれど、警察は逼迫していません」と言うようなもので、病院のベッドがどんなにたくさん空いていたとしても、それは国民の安全を何ら保証するものではありません。

 新型コロナの流行が始まってから、僕はくり返し「安全・安心というコンセプトは間違っている」と発信してきました。安全と安心は、まったく違います。