驚きと悔しさの入り交じった衝撃
謎と解決について、非常に分かりやすい説明があるので、引用する。
「『幻想味』に関しては、ミステリーのセンスからはずれない限り、とんでもないものであればあるほどよい。日常的常識のレベルから、理解不能のものであればあるほど望ましい」とあり、解決の「論理性」に関しては、「『論理性』は、徹底した客観性、万人性、日常性のあるものが望ましい。『本格ミステリー』とは、この両者に生じる格差、もしくはそこに現われる『段差の美』に酔うための小説である」とある。この段差が大きければ大きいほど、驚きと、それに伴う感情の振れ幅も大きくなる。
「本格ミステリー論」の一節ではあるが、すべてのミステリに敷衍(ふえん)できるだろう。
理論がどのように実践されているかは、実際に著作を読んでもらうのが一番だ。どの作品でも、気になったものから読んでもらえればいいのだが、やはり一推しは、デビュー作でもあり、探偵・御手洗潔の初登場作でもある『占星術殺人事件』。
この作品を読んだときの、「そうだったのか! こんなにあからさまなヒントがあったのに!」という驚きと悔しさの入り交じった衝撃は、いまだに忘れることができない。
家一軒をまるごと消去
では、「美しい謎」「とんでもない謎」には、具体的にどんなものがあるだろうか。
ここからは、その「謎」で有名な作品を、クラシックを中心にいくつか紹介する。まず、物理的な美しい謎から。
目の前から、一人の人間が何の痕跡も残さずに消え去ったら、それはびっくりすることだろう。そんな「人間消失」テーマで有名なのが、クレイトン・ロースンの「天外消失」という短編だ(『〈世界短篇傑作集〉天外消失』所収)。
刑事達が見張る中、電話ボックスに入った人物がそこから消え失せ、ぶら下がった受話器だけが残されていたという、どう考えても「ありえない」状況。
電話ボックス──しかも、日本式のとはちょっと違う──や、ぶら下がる受話器など、ピンと来ない若い人もいるかもしれないが、まだそれらのイメージが残っている今のうちに、是非読んでおいて欲しい。
人間が消えるだけでも大変なのに、家を一軒まるごと消してしまうという大技で酔わせてくれるのが、エラリー・クイーンの「神の灯」(『エラリー・クイーンの新冒険』所収)。
〈白い家〉の向かいに建つ〈黒い家〉が、一夜にして消滅してしまうという物語。これは、完全に消え失せたのであって、倒壊したとか、焼け落ちたとかいうことではない。何もない更地になってしまった、というのである。