ミステリの王道設定といえば、なんといっても「密室」だ。その歴史には諸説あるものの、現代につながる転換点となった作品はイズレイル・ザングウィルによる『ビッグボウの殺人』といえるだろう。発表されたのは1891年。つまり、密室ミステリは誕生から100年以上の時を経て、作家にも読者にも愛され続けている設定ということになる。
ここでは、新潮社で長年新人賞の下読みを担当し、伊坂幸太郎氏、道尾秀介氏、米澤穂信氏らの担当も務めた名編集者・新井久幸氏の著書『書きたい人のためのミステリ入門』を引用。ミステリというジャンルが持つ魅力の根源、そして「密室」が愛される理由を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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mysteryという単語の意味からも分かるように、ミステリの本質は「謎」だ。「謎」の力で、ページをめくらせるのである。とはいえ推理クイズではないから、謎さえあれば小説部分はどうでもいい、というわけでもない。
それでもやはりミステリは、謎がなければ始まらない。
冒頭には「美しい謎」を
そしてその謎は、魅力的であればあるほど良い。また、できる限り、物語の冒頭で示されるべきである。
オフィスに死体が転がっていて、野次馬が周りを取り巻き、「さあ、犯人は誰でしょう?」と問われても、「どうせオフィスに関連のある人が犯人なんでしょ」くらいにしか思ってもらえないし、現場に華がない。
また、読んでも読んでも事件が起きないと、これは本当にミステリなのか? と段々不安になってくる。
そうは言っても、どんな物語でも、初っぱなに事件を置けるというわけではない。舞台の説明や登場人物の紹介も、ある程度は必要になる。
それを解決する方法の一つに、「プロローグ」がある。
多くのミステリで、冒頭にプロローグが置かれ、ショッキングな場面が描かれているのは偶然ではない。「もうちょっと読むと、こういう事件が起きますよ」というのを、先にお知らせしているのだ。
最初の「引き」や「つかみ」を作るわけである。おお、こんな凄いことが起こるのか! と印象づけられれば、しばらく何も起こらなくとも、読者は作品に付き合ってくれる。ゆっくりと丁寧に、事件や人物の背景を描くこともできる。
もちろん、自然な流れですべてを紹介できれば、それに越したことはない。プロローグは、あくまで一つの手段だ。
かつて、島田荘司は「本格ミステリー論」(『本格ミステリー宣言』所収)で、「吸引力のある『美しい謎』が、初段階で必ず必要であり、「美しい謎」とは、「幻想味ある、強烈な魅力を有する謎」で、「『詩美性のある謎』と言い換えてもよい」と述べた。