インターネットの発展とともに、数々の小説投稿サイトが誕生。自分で書いた作品を発表できる機会はかつて考えられなかったほどに広がった。とはいえ、作家という職業を志す人にとっての「新人賞」が持つ価値はいまだに健在で、各社の新人賞から多くの作家がデビューを果たしているのが現状だ。
ここでは、新潮社で長年新人賞の下読みを担当し、伊坂幸太郎氏、道尾秀介氏、米澤穂信氏らの担当も務めた名編集者・新井久幸氏の著書『書きたい人のためのミステリ入門』を引用し、作家を目指す人が知っておきたい心構えを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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作家志望の人たちからよく訊かれることはいくつかあるが、その一つに、「小説を書くのに、やっておいた方がいいことはありますか?」というものがある。
食わず嫌いしないで、何でも読む
特別なことは何もなく、沢山読んで沢山書く、それだけでいい。
書くだけでなく、読むこともとても大切だ。優れた作品、文章から学べることは多いし、「こんなことがネタになるのか!」という発見があれば、「だったら、これだって」という発想に繋がるかもしれない。
泡坂妻夫のデビュー作「DL2号機事件」(『亜愛一郎の狼狽』所収)は、恥ずかしながら、初めて読んだときには、良さがよく分からなかった。それまで読んで来たミステリとあまりに違ったため、楽しむためのツボが把握できなかったのだ。あんな理屈がミステリになるなんて、考えたこともなかった。
だが、一度面白がり方が分かれば、他では絶対に読めない独特の味があり、癖になる。この〈亜愛一郎〉シリーズは、「逆説」が読みどころという文脈で語られることが多い。思いも寄らない逆さまのロジックが面白いのはもちろんだけれど、これでもかとばかりに張り巡らされた伏線と、解決に導くための補助線の巧みさこそが、その真骨頂であると思う。
多くの作品に触れて創作のヒントを得る
泡坂妻夫がこのシリーズを書くときに意識したと言われるG・K・チェスタトンの〈ブラウン神父〉シリーズは、「逆説」の元祖とも言える存在。そこにばかり目を奪われがちだが、「見えない男」(『ブラウン神父の童心』所収)、「犬のお告げ」「翼ある剣」(『ブラウン神父の不信』所収)など、身の回りにある物事だけでこんなにも鮮やかなトリックが作れる、という見本でもある。
あまり面白くない作品に当たったとしても、物足りなく感じたときの「こうしたらもっと面白くなるのに」が、創作のとっかかりになることもあるし、リドル・ストーリーのところで紹介した「女と虎と」のJ・モフィットは、既存の作品の続編を独自に考えて、ストーリー作りの訓練としていたという。