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『書きたい人のためのミステリ入門』より #2

2021/01/02

genre : エンタメ, 読書

note

思いついたネタに前例があることも珍しくない

 ミステリを書くのであれば、読書は本当に重要で、ある程度の量を読んでいないと、思い付いたネタに前例があることに気付けない。凄いネタであればあるほど、先例があると「パクリ」だと言われたり、「知らなかったの?」と冷笑を浴びることになる。

 自力で考え出したのに理不尽だ、と感じるかもしれないが、そこは「知的財産権」のようなものだと思って欲しい。ネタに関しては、先駆者特権があって、最初にやった人が一番偉いし、その栄光は消えないのだ。

頭の中に複数のチャンネルを持つ

 もちろん、「今まで誰もやっていないネタ」なんて、そうそうあるものではないから、それがヴァリエーションになっていたり、物語の主眼でなければ、そこまで気にする必要はないけれど、それでも、何も知らなければ、ヴァリエーションになっているかどうかの判断もできはしない。

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 恥ずかしい思いをしないためにも、自分のライバルになる相手を知るためにも、新旧織り交ぜて沢山の作品を読んでおくに越したことはない。敵情視察のつもりでいい。人気のある作品、売れている作品を読むのは、「将来、何と闘わねばならないか」を知るいい機会になる。

 隣接するSFやホラーのみならず、純文からノンフィクションまで、何がどこで何の役に立つか分からない。

 ミステリ研に、本格の権化のような先輩がいたが、よく話を聞くと、あらゆるジャンルに精通していた。その人は、どんな作品について話をしても、「こうすればもっと面白くなるのに」というアイディアの引き出しを豊富に持っていて、何気ない会話の中からも、「そんな見方があるのか」という気付きを沢山もらった。今でも何か、面白かったり、面白くなかったりする作品に遭うと、「あの先輩だったら何て言うかな」と感想を聞いてみたくなる。

 反面、偏った読書しかしていない人は、何度か話をすれば、何を言うか想像できてしまう。そうなると、わざわざ意見を聞いてみようとは思わなくなる。

 これを、自分の頭の中に置き換えてみて欲しい。偏った知識と読書からでは、脳内一人ブレストは、想定内の結論しか生まない。頭の中に複数のチャンネルがあって、はじめて意味をなすのだ。