すべてがネタになる
強いてもう一つ挙げるなら、社会経験をしておく、ということだろうか。執筆に専念するため、仕事をしないで部屋に籠もっている人がたまにいるが、せめて週に何日かはバイトをするとか、外に出ることを強くお勧めする。一つには、収入の確保のため。
新人賞受賞者が最初に編集者に言われる台詞として、「仕事辞めないで下さいね」というのがよく挙げられるが、これは都市伝説でもなんでもなく、事実である。実際、自分も何度もこの台詞を口にした。
残念ながら、現代日本は新人作家が筆一本で食べていけるほど本が売れるわけではない。せっかくプロになっても、目先の原稿料に目がくらんで筆が荒れるようでは元も子もない。量は書けないかもしれないが、安定した収入があってこその安定した創作、という側面もある。
何より、どんな職場もネタの宝庫なのだ。これを逃す手はない。「お仕事小説のネタ」という意味ではなく、職場にいるあんな人やこんな人、自分の失敗、周りの経験、噂話、嬉しいこと、悲しいこと、理不尽なこと……。人物モデルには事欠かないし、見聞きした話は、少し脚色したら魅力的なエピソードにもなるだろう。
忘れてならないのは、読者のほとんどは、そういった日常を過ごしている人達だということ。読者の生活や気持ちを知ることに、プラスはあってもマイナスはない。
特殊な業種を舞台にした小説の準備で、作家の取材に同行したことがある。詳しい話が聞けて大変勉強になったのだが、帰りの電車の中で、その作家は、
「仕事や業界のことは、その気になれば本やネットでいくらでも調べることができる。一番参考になったのは、あの仕事をしているのがどういう人なのか、という人となりなんだよ」
と、話してくれた。それこそが、「取材」しないと分からないことなのだ、と。
お金も稼げて、ネタも拾える。まさに一石二鳥。社会経験はとても有意義だ。すぐには役に立たなくとも、長い目で見れば、必ず創作の糧になる。