被害者の娘の悲痛な叫び
「地下鉄サリン事件の裁判はどこでも進めていますが、みんな裁判官が違います。その度に事件について証言することは辛いと思いますが、あえて聞きます。最後に言い残したこと、被告人に言っておきたいことがあれば、言いなさい」
まだ、地下鉄サリン事件で死刑判決が下る以前のことだった。井上を担当していた裁判長が、地下鉄サリン事件を審理するのも井上の公判だけだった。
遺族の女性は、被告人に向かって話しても構わないか、裁判長に確認してから続けた。
「本当のこと言って、あなたのしていること(法廷証言で麻原を糾弾すること)、償い? そうやって、償ってくれって言った? 『御免なさ~い。反省してま~す。裁判所の判断にしたがいま~す』。それって、今まで信じてたオウムを法律に入れ替えてるだけじゃないのかな。誰もあんたの心の中なんて読めないよ。人の心なんてわからないよ。でも死にたくはないよね、死にたくないよね? 私のお父さんだって、そうだったんだよ!」
さらに泣きながら続ける。
「高校の時に凄いこと考えてるよね。世の中は荒廃している? 立派だよね。私なんて考えてもみなかったよ。思い付きもしなかったよ。自由がなくて、理想がなくて、人類に愛がなくなった? うちは普通の家庭だったんだよ! 理想なんてなくたって、幸せだったんだよ!」
井上はこの言葉を聞きながら、泣いてみせ、「おっしゃる通りです」「謝罪にもならないし、反省にもならない」「おっしゃる通りです」などと声をかけていた。「じゃあ、どうすんの?」と、彼女も負けじと言い返す。そこへ裁判長が割って入る。
「被告人には言いたいことがいっぱいあります。今日は証人として発言を許しています。他に言いたいことがあれば、いいなさい」