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まるでドラマのような演出
そこで彼女は黙り、しばらく考える。
それでもモゾモゾと“きれいごと”を囁く井上に、突如、彼女が怒鳴った。
「うっとうしいから呼び掛けないでくれる!」
その一言に、井上は面食らっていた。そして、呆気にとられて黙った井上を尻目に、
「もう、これでいいです」
とだけ裁判長に告げた。
「それでは、証人は傍聴席にいてください」
通常であれば、尋問終了と同時に証人を解放するのだが、この時の裁判長は、遺族に傍聴席に留まるように告げたのだ。その上で、「被告人は前に出なさい」と証言台に呼び寄せた。
「ここで被告人質問の形を取ります。正式な質問ではないが、言いたいことがあれば、言いなさい。弁護人と相談してと言うなら、後でもいいが、言いたいことを言える機会を与えます!」
まるでドラマを見ているような演出だった。そこに証人に自分の言ったことに対する被告人の意見を聞かせたいという意思と、この現実を被告人がどう受け止めるのか確認したいという心根が見てとれた。
だが、遺族に裸にされた本性から繰り出される井上の言葉は、空虚に法廷を漂うばかりで、いつもの勢いのように響くことはなかった。