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連載昭和事件史

「これは臭くてたまらない。まずいぞ」コーヒー色の“黒い紅茶”が生み出した「日本初の青酸カリ殺人」とは

――“流行”さえも生み出した「青酸カリ殺人事件」 #1

2020/12/06

 青酸カリなど、毒物としての青酸化合物は最近も時折、事件に登場する。1984年に起きたグリコ森永事件では、犯人が「菓子に入れる」と脅迫。実際に新聞社に青酸化合物入りの菓子が送られた。1998年にはインターネット経由で男性から青酸カリを入手した女性が死亡。男性も青酸カリをのんで自殺するという「ドクターキリコ事件」が起きている。

 青酸化合物が自殺や他殺に使われるのは、比較的「確実に」死に至らしめるからだろう。先の戦争の戦場や海外進出の現場で、日本人はこの毒薬を使った。戦後のいくつかの事件でも。

 今回取り上げるのは、その青酸カリが日本で初めて凶器として使われた殺人事件。時は二・二六事件を翌年に、日中全面戦争の端緒となった盧溝橋事件を翌翌年に控えた1935年。舞台は当時「日本一の盛り場」といわれた東京・浅草の目抜き通り、都市文化の新しい拠点だった喫茶店だった。

 そこで白昼、27歳の男が紅茶に青酸カリを入れて小学校長を殺害。多額の現金を奪った。そこにはやはり、その時でしかない、「時代の運命」ともいえる要素が絡み合っていた(今回も差別語が登場する)。(全2回の1回目)

「アメリカ式近代犯罪勃発」

 白晝(昼)・喫茶店の怪殺人 紅茶に毒を盛られ 小學(学)校長忽(たちま)ち悶絶 三千余圓(円)奪ひ(い)犯人消ゆ

 凶悪な殺人魔が帝都に出没し、市民を戦慄せしめている折柄、今度は帝都の盛り場、浅草雷門で人出激しい21日午前10時ごろ、区役所から職員の俸給3295円を受け取り、帰校の途中にあった小学校長が、電話で打ち合わせの後、喫茶店で落ち合った男に紅茶の中に混合された毒薬を飲まされてたちまち悶死し、所持していたうち3050円の現金を奪われたという奇々怪々な事件が突発し、警視庁では毒薬使用のアメリカ式近代犯罪の勃発に愕然とし、高木鑑識課長、浦川捜査課長、中村同係長、野口警部らは時を移さず同所に急行する一方、怪死した校長の死体を(東京)帝大法医学教室に移し、解剖することになった。怪魔跳躍の帝都! またしても一つの恐怖を増したわけであるが、かかる犯罪は警視庁始まって以来のことであり、その捜査陣は極度に緊張した。

事件発生を報じた東京日日

 1935年11月22日付(21日発行)東京日日(東日=現毎日新聞)夕刊は2面トップ記事のリード部分でこう報じた。当時の3050円は2017年の貨幣価値に換算すると約619万円。「アメリカ式近代犯罪」という表現は面白いが、当時、殺人などの兇悪犯罪が多発していたことが分かる。東京朝日(東朝)は「募る帝都の恐怖 白晝淺草に怪人」、読売は「兇惡募る 歳末犯罪相」の見出しでいずれも2面トップ。東日の記事はさらに詳しく事件を伝えている。