驚愕の内容だった『羽生の頭脳』
──羽生世代は将棋界に革命を起こした世代ですが、盤上ではどんなことが思い浮かびますか?
谷川 序盤の体系化です。もちろん将棋は中・終盤が大事ですし、それまでの世代、特に中原・米長時代は中・終盤のねじり合いで勝負が決まるようなところがありました。でも羽生世代の棋士は序盤を重視していました。相手より一手先に指せる先手番ならどれだけリードを奪えるか、また逆に後手番なら序盤の駒組みをどう互角で進められるか。そこに重きを置いて研究していたと思います。その象徴が、羽生さんが1992年くらいから刊行した『羽生の頭脳』という定跡書のシリーズです。自分が考えた序盤戦を余すところなくさらけ出して、それまでの本よりもはるかに高度な内容だったので本当に驚きました。
──『羽生の頭脳』は当時大ヒットして、アマチュアにとってもバイブルとなりましたが、トップ棋士の谷川さんでも驚かれたのですね。
谷川 あと若い頃にタイトル戦で長考した経験も大きかったでしょう。特に羽生–佐藤戦と羽生–郷田戦で多かったのですが、序盤の何気ない局面でも1時間、2時間と熟考していましたよね。定跡が確立されている順でも立ち止まって、「こういう手はないか、ああいう手はないか」と熟慮に沈んでいたわけです。その時は盤上に現れなかったとしても、じっくり考えたことが大きな財産になっている。彼らがこれだけ息長く活躍しているのは、その頃の蓄積が大きかったと思うのです。
持ち時間についての世代間ギャップ
──最近はコンピュータの将棋ソフトを使って事前に研究をする棋士が多いので、序盤は時間を使わずにどんどん指す傾向があります。
谷川 前例のあるところは飛ばして、勝負どころで1~2時間の大長考をすることが多いですよね。例えば最近のトップ棋士では豊島将之さんも現代風のスタイルですが、彼は最終的にはきちんと時間を使い切ります。将棋には流れがあるので急にダメになることもありますが、個人的には持ち時間を1割以上も残して負けるのは疑問ですね。
──羽生世代の棋士たちに共通した強さはありますか?
谷川 いまの話とつながりますが、羽生世代の棋士は勝敗にかかわらず持ち時間を使い切ります。将棋に対して真摯に臨んでいますし、敬意を持っている。「将棋はそれだけ難しいものなんだ」という思いを、それこそ将棋を始めた頃から持ち続けているのではないでしょうか。