かつて人間とコンピュータが将棋盤を挟んで戦った時代があった。2012年から始まった「電王戦」が終了してから3年半が経ったが、もう10年以上も前だったかのような懐かしい気分になる。それほど将棋ソフトは盤上になじんだ。現在はプロ棋士より強いのは自明なこととして、将棋ソフトを取り入れて戦うのが当たり前になっている。
映画になるほど人々の記憶に残った
電王戦はレギュレーションを変更されながら行われ、メンバーを入れ替えて団体戦と個人戦が実施された。映画「AWAKE」は、棋士側が唯一勝ち越した2015年の将棋電王戦FINALの大将戦・阿久津主税(あくつ・ちから)八段-AWAKE戦をもとにしている。AWAKEを開発したのは、元奨励会員の巨瀬亮一(こせ・りょういち)さんだった。
2勝2敗で迎えた最終局で、阿久津八段は対コンピュータの作戦を主軸にした戦略(いわゆるコンピュータ用のハメ手)を採用し、わずか21手で勝つ。巨瀬さんも対局前に気がついていたが、ソフト提供後のためだったため、対局を見守るしかなかった。「勝敗にこだわっていない」と語っていた彼は、ソフトが人間の術中にハマってすぐに投了を告げる。大注目された一番はあっけない幕切れに終わった。
巨瀬さんは記者会見で「このような指し方を見ると、プロ棋士の存在意義を脅かすのはプロ棋士ではないか」という考えを投げかけている。プロかつ団体戦だから勝ちにこだわるのは当たり前だろう。いやいや、プロは魅せるものだからファンをドキドキさせなくてはいけないんじゃないか――。最終局の内容は物議を醸したが、二人には信念や葛藤があり、それぞれが考えた最善手がぶつかったからこそ、映画になるほど人々の記憶に残った。
詳しくは野月浩貴現八段の観戦記をご覧いただきたい。
対局室にいるような気分になる、俳優の演技
本作はオリジナルストーリーなので、開発者と棋士がライバル同士、一番勝負など実際の電王戦とはやや異なる。だが、吉沢亮さんの演じる開発者・清田英一、若葉竜也さんの浅川陸七段は、将棋に打ち込んだ人間として違和感のないものだった。将棋を考えるばかりに周りが目に入らない。声を発さずとも、ギョロギョロと動く目玉がフル回転する頭脳を表し、たたずまいや身体の震えが感情を物語っていた。
映画の表現や構成を見ていると、対局室にいるような気分になった。ラブストーリーやアクションシーンがあるわけでもなく、どこにでもある日常として話が進んでいく。登場人物の言葉も必要最低限の印象で、仕草や表情から心理を推察するしかない。これは対局を観戦するときと非常に似ている。対局者の会話はなくとも、眼差しやため息、手つきで感情が伝わってくる。