ソフトの影響は予想をはるかに超えてきた
筆者は将棋界で働いているライターだ。業界に入ったのは2012年の春で、その年の1月に電王戦が始まっていた。電王戦が回を重ねるに連れて、私は盤上がコンピュータに飲み込まれる怖さ、そして「人間ならざるもの」の登場で棋士が対比され、逆に人間や勝負とは何かが明らかになる時代になるのかなと、ぼんやり考えた記憶がある。
では、現実はどうかというと、ソフトの影響は予想をはるかに超えていた。まず、ここまでソフト発の新作戦が流行し、研究に活用されるとは思わなかった。「スキあらば穴熊」といわれた時代は消え去り、バランス型が全盛になっている。またプロの対局を観戦する際に評価値がメジャーになり、「人間的には指しにくい」と棋士の第一感や勝負の駆け引きがよく語られるようになった。
人間にはいくら勝ち筋があっても、自分が1回でも間違えたら負けになる局面は、実戦的に互角の勝負である。特に時間に制約があり、体力が限界を迎えている状況ではミスが出やすい。だが、ソフトは難なく罠を超えていく。そのギャップから、棋士がギリギリの状況を迎えながら戦略を立てていること、難所を乗り越えた読みの鋭さがソフトと比較されて言及されつつある。藤井聡太二冠の「AI超え」が流行語大賞の候補になったのは記憶に新しい。
愛知県在住で学校に通う藤井二冠は、都心に住む棋士に比べると情報戦や研究時間が劣ってしまう。だが、ソフトを有効活用することで強くなり、数々の記録を塗り替えてきた。才能と努力を後押ししたのはソフトなのだ。
パソコンと将棋を指す棋士は……
渡辺明名人は名人戦の開幕戦でわざとソフトの下位候補手を指して相手の意表を突き、タイトル奪取につなげる1勝をあげた。永瀬拓矢王座は「天才とは人の思いつかない手を指すのではなく、ソフトの最善手をどれほど続けられるかだ」という趣旨の発言もしている。
初期の電王戦で棋士が負けると「この世の終わり」のような雰囲気だったと思うが、いまはソフトが人間を圧倒していることを受容している。それぐらいスッとソフトのある世界に人間がなじんでいった。そして、プロの将棋は研究のサイクルが速くなり、ますます高度になっている。
ふと、1936年に公開された伊丹万作の映画『赤西蠣太』の冒頭を思い出す。侍が「あいつは行灯と将棋を指している変わり者だ。師匠が行灯だから大したことあるまい」と将棋を挑むも、まったく相手にならず「相手がいないから、行灯と将棋を指しているんだ」というシーンがある。行灯と将棋を指す、つまり夜な夜な行灯の明かりで将棋の本を読みながら、一人で駒を動かしているというわけだ。現代に置き換えれば「あいつは一人でパソコンと将棋を指している。相手がいないからだ」といったところだろう。そんな棋士は果たして生まれるのだろうか。
AWAKE
2020年12月25日(金)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2019『AWAKE』フィルムパートナーズ
出演:吉沢亮 若葉竜也/落合モトキ 寛一郎/馬場ふみか 川島潤哉 永岡佑 森矢カンナ 中村まこと
監督・脚本:山田篤宏
将棋協力:日本将棋連盟
将棋電王戦協力:dwango DENSO DENSO WAVE プログラミング協力:コンピューター将棋協会(CSA)
製作:木下グループ 制作協力:ザフール 制作・配給:キノフィルムズ
【2019年/日本/日本語/119分/カラー/シネマスコープ/5.1ch】