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清田がコンピュータ将棋にのめり込むきっかけは……

 清田と浅川は奨励会で同世代のライバルだった。だが、プロ棋士になったのは浅川だけだった。清田は降段のかかった一番で浅川と対戦し、初手▲6八玉の奇手を放つも、最後は浅川の妙手に敗れる。清田は自ら才能に見切りをつけ、奨励会を退会してしまう。大学に入学するも馴染めず、孤独と倦怠のなかで無為に生きる日々が続いた。

 そんな彼がコンピュータ将棋にのめり込むきっかけになったのは、父のPCに映し出された▲6八玉。彼が最後の奨励会で指した初手を、将棋ソフトも指したのだ。斬新な指し回しに魅せられた清田は自らの手でソフトを開発するため、プログラミングとAIの勉強に没頭した。

©2019『AWAKE』フィルムパートナーズ

 ソフト提出後にアンチコンピュータ戦略を見つけたとき、清田は電王戦が台無しになるのを恐れて感情を露わにしていた。それがなぜ、あんなにも落ち着いていたのだろう。勝負に徹する棋士の凄みを浅川に見せられたからか。目論見通り、浅川にAWAKEを「強い」と認めさせたからか。はたまた、大舞台を戦い終えた充実感があったからなのか。それらが複雑に混ざり合った表情だったように思う。

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 すっきりとした清田の顔つきを見ると、自分の人生はこれもひとつの生き方と、清田のなかで受容されたように感じる。「これも一局」は将棋でよく使われる言葉で、「そういう指し方もありましたか」という意味だ。

映画「AWAKE」予告編

「君はまだプロじゃない。だけど、ひとりの棋士なんだ」

 清田の棋士になる夢はかなわなかった。だが、将棋で生きるのは難しかったとしても、将棋とともに生きることができたのではないか。浅川が盤上と向き合っていたとき、清田はPCと専門書をにらみつけていた。必死に考える二人の目は猛スピードで動き、共振していた。奨励会に入って間もないころ、幹事に言われた「君はまだプロじゃない。だけど、ひとりの棋士なんだ」というメッセージは、清田少年ではなく電王戦を終えた清田に向けられたものだったかのようだ。場所は違えど、清田と浅川は将棋を追いかけた。

©2019『AWAKE』フィルムパートナーズ

 清田が純粋に将棋を面白いと思ったのは、奨励会を退会したからではないか。勝負は勝たねば始まらない。勝つための将棋は、楽しむ気持ちを殺してしまうことがある。努力はいらだちを生む。志を持つ自分を蝕むのは、夢を追う自分である。

 だが、そういうものから解放されたとき、将棋との関係が変わった。清田はすべてをはねつけるような強靭な精神力で、何かを手に入れたわけではない。流されるままに生きるうちに、また将棋に出会った。それを指したのが、たまたまコンピュータだっただけだ。その一手のざわめき、広がる世界を見たいと思ったとき、人生が思わぬ方向に進んでいった。彼が退会を決めた対局の初手は、新たな生きがいを与える一手になったのだ。

 AWAKEとは「起きること」、「覚醒すること」。目を覚ますためには、誰もが眠らねばならぬ。清田のまっすぐな瞳を見ると思う。無味乾燥な日常は未来への礎であり、答えを先延ばしするのもまた人の強さなのかもしれない。