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東海大・塩澤稀夕の飛び出しに「サンキュー塩澤」の声……“史上最遅”1区にドラマはあった――箱根駅伝2021「TVじゃないと見られなかった名場面」往路編

2021/01/04
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西本 勝負どころがどこなのか、誰もわからないから、僕のいた文化放送も大慌てでした。ラジオは日テレの映像を元に話すのですが「横並びですね!」しか言うことがない。これは大変なことです。

 日テレも選手が縦の列になることを予想して圧縮効果のある望遠レンズを用意していたと思うのですが、横並びだから背景の映り込みが難しい。また、毎年、縦長になった集団を横から撮影して、奥に東京駅や増上寺といった東京名所が見えるというのが、日テレの映像美なのですが、今年は正面から撮るしかなかったんでしょうね。六郷橋で選手全員が映っているというのは、箱根の歴史に残る光景でした。

 さて、ここで皆さんに覚えておいてもらいたい言葉があります。「サンキュー塩澤」です。

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西川 母校・東海大のキャプテン、塩澤稀夕選手!

スローペースの理由は“順大ルーキー・三浦”の存在

西本 なぜ1区がこのような展開になったか――。それは順天堂大のスーパールーキー三浦龍司選手がいたからです。三浦選手は昨年、3000m障害で日本歴代2位、学生歴代最高タイムを樹立。マラソン日本記録保持者の大迫傑選手が持っていたU20ハーフマラソンの日本記録も塗り替えた注目選手。彼がいたことで、ラスト勝負の後半に余力を残しておこうと考えた選手たちが、誰も先頭に出たくないと牽制し合ったのです。

スローペースの原因となったルーキー・三浦 ©末永裕樹/文藝春秋

西川 先頭に出るということは、ペースを作らなきゃいけないし、風をもろに受けることになる。ましてや箱根駅伝という大きな大会で失敗できないというプレッシャーも大きいんです。逆に後ろの選手は、前の選手についていけば、リズムも作りやすいし、風除けにもなってもらえます。

西本 元早稲田大学監督の渡辺康幸さんが口癖のように「使われちゃってますね」と言うのはこのこと。そして選手は「使われる」ことを極端に嫌います。そんな中で飛び出したのが塩澤選手です。

西川 前半に重きを置く東海大学としては、ここで絶対に遅れることができない。だからこそ塩澤選手が前に出た。

「使われる」覚悟で飛び出した塩澤選手 ©AFLO

西本 実はその前に國學院大の藤木宏太選手も一度出たのですが、ただ前に出ただけで、集団のリズムを作ることができなかった。文化放送で解説をしていた柏原さんが「藤木くんが暴れちゃいましたよね。あそこがもったいなかったですね」と言ったのはその通りで、前に行くならばリズムを作らないといけないんです。塩澤がすごかったのは、藤木選手が乱してしまったリズムを元に戻してから、もう一度リズムを作り直したところです。

西川 普通はあの状態からだと、スパート合戦では余力が残ってなく、力が尽きて終わってしまう選手も多いんです。それなのに最後まで区間賞争いに絡む自分のレースができていたのもかっこよかった。

西本 その姿にSNSでは駅伝ファンが反応。感謝の意味を込めたハッシュタグ「#サンキュー塩澤」が誕生したのです。