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20代でも発症。遺伝性のアルツハイマー病の人たちは、この病気の解明に多大な貢献をした

2021/01/08

発症前の脳内では何が起きている?

 アメリカのセントルイスにあるワシントン大学が始めた国際的な遺伝性アルツハイマー病の研究「DIAN研究」が日本でも始まったことがわかったのです。

 DIANはThe Dominantly Inherited Alzheimer Networkの略で、優性遺伝で受け継がれるアルツハイマー病の国際的なネットワークを意味していました。

 すなわち、アメリカやオーストラリア、英国、ドイツなどから遺伝性のアルツハイマー病の家系の人々がこの研究に参加し、発症の前から脳内にどういう変化が起きているのかの調査が始まったのです。

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 さらに画期的だったのは、DIANから派生したDIAN-TU(トライアル・ユニット)でした。このDIAN-TUは、突然変異を持ち発症が予想される人々に対して薬の治験をする目的でつくられた調査でした。

 ここで初めて遺伝性アルツハイマー病の人たちはアルツハイマー病の薬の治験に入ることができたのです。

アルツハイマー病患者の脳細胞の顕微鏡写真。人魂のように見えるのが神経原線維変化。左下他の黒いしみのように見えるのが、アミロイドβが固まった老人斑。

勇気あるスピーチ

 この原稿の最初に書いた東北地方の遺伝性アルツハイマー病の家系からも、DIANへの参加があり、その中の一人の女性は、2017年にロンドンで行われたDIANの国際会議で、スピーチをすることになります。

 海外に一度も行ったことのないその女性は、ロンドンで世界中から集まった遺伝性アルツハイマー病の人たちと交流し、その悩みや不安を分かち合います。

 彼女のスピーチはワシントン大学で私も録音を聞かせてもらいましたが、とても感動的でした。彼女は、自分が思春期の時に発症した優しい母の人生を、研究者や医者、そして世界中から集まった家族たちとスライドを交えながら共有したのです。本には、そのスピーチのほとんどを収録しましたが、ここではその一部だけを紹介します。

 発症後の母のエピソードをひとつ、ここで共有させてください。

 うちの母はある日突然、自分の育った実家のほうに向かって歩き出しました。

 とても歩いて行ける距離ではないのですが、彼女はすごいしっかりとした足取りで、ニコニコしながら笑顔で歩いていました。もちろん、途中で、探して、迎えに行きましたが、今思えば、母はただ実家に行きたかっただけだったと思います。

 そのときの母はとても幸せそうでした。

 私はその日の母の笑顔を今もよく覚えています。

 

 最後に、私のいとこ、いとこたちのお母さん、おばが私に言ったことをお話ししたいと思います。

 おばは私に、「あなたは好きな人と結婚して、子どもを産んでほしい」と言いました。

 

 私は自分よりも若い世代の人たちに自分の将来や結婚や出産について、遺伝のことを気にせずに選択できるような、そんな日が来ることをDIANとDIAN-TUの皆様にお願いします。ありがとうございました。

 アルツハイマー病。癌とならぶ治療法未解決の病。

 2021年現在、全世界で約5000万人の患者とその家族が苦しむその病。

『アルツハイマー征服』は、この病の正体をつきとめその治療法を探そうと、最前線で戦ってきた人たちの記録です。

アルツハイマー征服

下山 進

KADOKAWA

2021年1月8日 発売

20代でも発症。遺伝性のアルツハイマー病の人たちは、この病気の解明に多大な貢献をした

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