文春オンライン

うつ病、自殺、介護殺人……家族も本人も不幸にならない認知症治療

親が認知症かもしれないと思ったら──高瀬義昌医師インタビュー ♯3

2017/12/29

 2025年には軽度認知障害(MCI)を含めると日本で1000万人を突破すると言われている認知症患者。暴言、妄想、徘徊、暴力……家族は筆舌に尽くしがたい苦しみの中で、介護離職を余儀なくされたり、中には自殺や介護殺人に至ってしまうケースもあります。

 たかせクリニックの高瀬義昌先生は、認知症の在宅医療で知られ、その活動はNHKの報道番組やTBSの「金スマ」などでもたびたび取り上げられてきました。最初は「バカヤロー、帰れ」と暴言を吐いていた認知症患者にも「アンタが来ると面白い」と歓迎(?)されると語る高瀬先生。

 どうすれば高瀬先生のように上手に認知症の親を見守ることができるのか。「週刊文春」や「文春オンライン」でもおなじみのジャーナリスト、鳥集徹さんが聞きました。​​(全3回の3回目 #1「これって単なるもの忘れ? それとも認知症?」 #2「家族を長年苦しませてきた認知症の問題行動が消えた! そのわけは……」から続く)。

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──認知症患者の増加に伴い、親族の介護で追い詰められた末の自殺や介護殺人の報道も後を絶ちません。認知症の症状の中でも、家族を苦しめる妄想、暴言、いわゆる徘徊といった「周辺症状」は薬とケアの最適化で改善されるというお話でしたが、高瀬先生は認知症の治療は「薬1.5割、ケアが8.5割」といつもおっしゃっています。前回の薬の話に続いて、「ケアの最適化」について詳しく聞いていきたいと思います。たかせクリニックのスタッフさんが口をそろえて言うことですが、なぜか高瀬先生は認知症の患者さんに好かれるそうですね。

高瀬 親近感があるというか、仲間が来た、って感じなのかもね。さっきも言ったけど、「先生、今度は聴診器忘れないでくださいね」って認知症の患者さんに心配されてるくらいだからね(笑)。

高瀬義昌さん ©三宅史郎/文藝春秋

──高瀬先生は白衣も着ないですしね。ベストセラーになった『子どもが育つ魔法の言葉』じゃないですが、「お年寄りの心を開かせる魔法の言葉」があったら教えてほしいのですが……。

高瀬 魔法の言葉じゃないけど、ボクは往診から帰るとき、必ず「ありがとう。今日は楽しかった」って患者さんと握手します。認知症の患者さんって、見てないようで見てるんだよね。嘘ついていると見抜くしね。

──認知症の患者さんも、認知機能が落ちているだけで、やっぱり人間としての尊厳や素敵なところはちゃんとあるってことですね。

高瀬 お互い同じ人間同士って思うこと。同じというより、「ワンダウンポジション」といって、相手より少し自分を下げたほうがいいんです。だいたいのお医者さんは、上から目線でいっちゃうでしょ。それに、なまじ頭がいいものだから、頭で考えてロジカルに説明する。でも、人間はエモーショナルな生き物だから、ロジックだけで動いてないでしょう。今、医学部に入るのはすごく難しいみたいだけど、IQなんて重要じゃないのよ。それから、患者さんだけでなく、家族のケアもそれと同じくらい大事なんです。

 だからボクは、訪問介護のときは、家族にも「それはいいことですよ、ハナマルです!」「よくがんばってますね。たいしたもんです」ってねぎらいや励ましの言葉をかけるようにしています。そうすることで、患者さんの身体や心を安定した状態に保つことができるんです。

──往診の帰り際には握手を必ずするということですが、最近のお医者さんは、患者を見たり触ったりしないで、パソコンばかり見ていると言われますね。

高瀬 最近のお医者さんは脈診をしないよね。脈をとるだけでいろいろなことがわかるのよ。脈が強いか弱いか、「お酒を飲みすぎてないかな」とか「人工透析の具合はどうかな」とか。肌に触れるのは大事です。これは医者だけにかぎった話ではなくて、家族にも言えること。認知症の患者さんはどんどん忘れちゃうから楽チンでいいなんて思ったら大間違い。それぞれ長年、社会生活を立派に営んできた人たちだから、それなりのプライドや自負もある。それなのに、自分の中でもいろいろな辻褄が合わなくなってくるから、一見ボーッとしているように見えても、心の中は不安や焦りでいっぱいなんです。そんな時に、手を握ったり、背中をさすったりしてあげるだけですごく安心する。それが自分の大好きな家族だったら尚更です。

介護は終わっても家族のうつ病が治らない

──認知症のケアというと、必ず「病気なのだから責めてはいけない」「叱ってはいけない」と言われます。でも、毎日介護している家族からすると、全部自分で飲み込んでいると自分の方が参ってしまわないですか?

高瀬 ボクはたまにはドカーンとケンカしていいと思うよ。だって家族なんだもの。家族が元気でないと始まらないから。時々ガス抜きしないとやってられないことだってあるよねぇ。すべてを完璧にしようとしたらストレスが溜まって壊れちゃうから、家族には「ここは手抜きしても大丈夫ですよ」って伝えることもあります。

 以前も、認知症のおばあちゃんの介護で息子さんが離職したうえに、奥さんが出ていってしまった人がいました。おばあちゃんはその後亡くなったんだけど、壊れた家族は元に戻らないし、失った職にも戻れない。それで、介護は終わったというのに、息子さんはずっと長いことうつ病に苦しんでいた。ウチの母も大変よ。平気で一人でふらふらどこかに行っちゃったりするしね……。

たかせクリニックの秘書さん ちなみにこれも医師のテクニックの1つです(笑)。「セルフディスクロージャー(自己開示)」といいます。

──自分のことや、「こんな失敗をしたよ」って話すことで、相手の信頼を得るということですね。「自分はこんなにスゴイんだぞ」じゃなくて(笑)。