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トランスジェニック・マウスの誕生

 しかし、突然変異がわかったことによって、アルツハイマー病の治療薬の開発にむけて、大きな一歩が踏みだされることになります。

 トランスジェニック・マウスが生まれるのです。突然変異を持った遺伝子を卵に組み込んだマウスは、アミロイド斑というアルツハイマー病特有の症状を1年たつと呈するようになります。

 このトランスジェニック・マウスは科学者の間で「聖杯」と呼ばれました。このトランスジェニック・マウスがあれば、アルツハイマー病の新薬をまずマウスで治験することができます。

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 そして、このマウスを使ってワクチンを試した天才的な科学者がいました。そのワクチン療法によって2000年代にアルツハイマー病研究の地平は一変するのです。

ワクチン療法を90年代後半に発見したデール・シェンク。このチェス好きの科学者が開いた地平にそって2021年までの根本治療薬の開発は進んでいる。シェンクは2016年、すい臓がんで逝去。

 アミロイド斑の元の物質であるアミロイドβをアルツハイマー病のトランスジェニック・マウスに注射するとその抗体ができて、マウスの脳のアミロイド斑はきれいさっぱりなくなります。さらに、マウスに迷路を使わせる実験から、ワクチンを注射しなかったマウスは、アルツハイマー病の症状を呈して、できなくなるのに対して、ワクチンを注射したマウスは迷路を通過するという実験結果が報告されます。

 このワクチンやワクチンの第二世代の抗体薬が続々と治験に入った2000年代、アルツハイマー病は治る病気になる、という熱気が現場にはあふれていました。

 私がこの問題を取材しはじめたのはそのころです。

遺伝性アルツハイマー病の患者は治験に入れなかった

 ところが、そうした創薬に一番寄与した遺伝性アルツハイマー病の家系の人たちは、治験に入ることができませんでした。

アルツハイマー征服』(KADOKAWA)

 というのは、一般のアルツハイマー病と遺伝性のアルツハイマー病は違う病気とされていて、製薬会社の治験からは「ノイズ」としてプロトコルではじかれていたのです。

 ワクチンの「AN1792」の治験が2002年1月、フェーズ2で脳炎という深刻な副作用が出て中止され、第二世代の抗体薬バピネツマブも治験の評価項目をフェーズ3までいって達成できず2012年8月に開発中止。

 アルツハイマー病は治る病気になる、という熱気も冷え込み、私は本をまとめることができないでいました。

 その光明が見えだすのは2017年ごろのことです。