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「被告人、しっかりしなさい!」

 主文の言い渡しは後回しだった。

 当然、ぼくは死刑になるものだと思っていた。井上にも、その覚悟はあったのだろう。

 地下鉄サリン事件で井上の果たした役割は大きかったし、他の殺人や監禁致死事件に指導的に関与していた。

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 ところが、判決理由の終わり頃から、少しずつ雲行きが変わってきた。

 判決理由の中で、裁判長は地下鉄サリン事件における被告人の役割を「現場指揮者」でなく、「後方支援」「兵站役」と位置付け、他の地下鉄サリン事件の判決にない事実認定を行う。しかも、井上が罪に問われた殺人、殺人未遂事件のいずれにおいても、直接手を染めるような実行行為を行っていなかったことを優位に斟酌し、入信当時16歳の少年であったこと、反省、悔悟が真摯かつ顕著であるとして、「死刑という極刑を選択するには、なお幾分かの躊躇を感じざるをえない」と総括するのだった。そして、

「主文。被告人を無期懲役に処す」

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 その瞬間、法廷の中央に立っていた井上は、「あ、ああ~……」と声にならないようなだらしない乾いた叫び声を挙げ、証言台の縁に両手をついて、右膝から折れ曲がるように、崩れはじめた。それも演出なのか、本音なのか、わからないほど、これまでの背筋を伸ばして毅然とした姿勢からはかけ離れた感情表現と泣き崩れぶりだった。しかし、そんな不様な態度を示すことは、裁判所が許さなかった。すかさず、これを見た裁判長が厳しく言った。

「被告人、しっかりしなさい!   裁判所のいうことを聞きなさい!」