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 『この世界』は、広島市から軍港都市である呉市の北條家に嫁いだ浦野すずの生活と人生、そして戦争がその日常にもたらす悲劇を語る。この物語においては、この広島市と呉市への移動(それは地理的だけでなく、北條家という別の文化への移住も意味する)だけでなく、その呉の中でもすずの暮らす、軍港を見下ろす地区と、軍港で栄える平野部との差異、その間での登場人物の移動が重要な役割を果たしている。 

 『マイマイ新子』も同様である。新子は平野部にある防府市の中でも、山に近い、麦畑の広がる田園地帯に暮らす。そんな新子は、東京から来た転校生、島津貴伊子と友人となり、彼女の孤独を癒す。

マイマイ新子と千年の魔法』公式サイトより

 貴伊子の父は、おそらく防府市の湾岸地域の埋め立て地で操業していた紡績工場(カネボウ)についている医者である。新子が暮らす田園地帯と、貴伊子が暮らす、人工的で洋風の「社宅」が立ち並ぶ埋め立て地。この差異は彼女たちの生活の差異でもあるのだが、それらの差異を超えて行き来することが物語の本体である。

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 また、物語のクライマックスをなす、新子らの友人タツヨシの自殺した父の「敵討ち」をするために繁華街のバーに新子とタツヨシが乗り込む場面においても、これら二つの地域の間の移動が重要な役割を果たしている。そして物語は、新子の防府からの旅立ちで締めくくられる。 

 実は私は防府市の隣の山口市出身であり、防府市には親戚が多くいたのでよく訪れた。時代は1950年代に設定されているものの、『マイマイ新子』は防府市の土地の雰囲気、そして山の手と港湾地域の雰囲気の違いを、空気感としか言いようのない形で見事に描写している。 

住む人びとの差異、生活や階級の差異を描き分ける

 これらの作品が本稿で論じてきた「田舎と都会」の構造から逃れられているのは、地方の空間の中における「内的な差異」を繊細に描き得ているからだ。『マイマイ新子』で見たように、その差異とは地理的差異だけではなく、そこに住む人びとの差異、生活や階級の差異でもある。

 それは地方の空間を抽象化し、物語のニーズに従属させるのとはまったく逆のベクトルだろう。むしろ空間は具体化され、空間の必然性のもとに物語は紡がれる。それは「田舎と都会」の抽象化と機能化に抵抗する。 

 最後に、冒頭に述べた『呪術廻戦』には、この『マイマイ新子』を彷彿とさせる(そして対立的でもある)エピソードが含まれていることを指摘したい。岩手出身の釘崎野薔薇は、小1のころに東京から転校してきた友人の「沙織ちゃん」を、村の人びとが排斥したというエピソードを語り、野薔薇が呪術高専に来たのは「田舎が嫌で東京に住みたかったから」だと言う。

釘崎野薔薇(『呪術廻戦 3』より)

 田舎から排斥された「沙織ちゃん」と、防府に居場所を見いだした貴伊子。彼女たちの暮らす「田舎」の差異についてここでは診断を示すことはしないが、二人の運命の差はどこから生じたのかと考えざるを得ない。

 新型コロナウイルス禍において都市に暮らすことや地方に移住することがあらためてクローズアップされている今、今後のアニメ作品がいかにして「田舎と都会」の構造を脱するのか(それとも再生産するのか)注目してもいいだろう。 

呪術廻戦 1 (ジャンプコミックス)

芥見 下々

集英社

2018年7月4日 発売

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

河野 真太郎

堀之内出版

2017年7月20日 発売