「ああ、台湾の寺ってあそこですね。たまにお客さんを乗せますよ。台湾人の信者よりも、工事関係者の日本人を乗せることが多いんですが──。あそこ、かれこれ10年ぐらい工事してますけど、いつ完成するんでしょうね」
2020年12月上旬、私が乗ったタクシーの運転手はそう語った。南海本線箱作駅から1キロすこし、関西国際空港に離発着する飛行機を望む高台に位置するのが、私が目指す住吉山雷蔵寺だ。台湾の「真佛宗」という新宗教の日本最大の拠点として、知る人ぞ知る寺である。
チベット密教の法衣に身を包んだ静香さん
タクシーが到着すると、周囲に工事用車両が停められたままの山門には寺院名を彫った巨大な石碑が建っていた。さらに山を登ると左右には──、一言では説明が難しいほどいろんなものがあったが、詳しい描写は後にする。さておき、登りきった先には真新しい八角堂があり、その奥には今後に本堂を建設する予定だという空き地が広がっていた。
空き地で待っていたのは、赤いチベット密教の法衣に身を包んだ在日台湾人の尼僧である。彼女こそは蓮花静香金剛上師、すなわち住吉山雷蔵寺の住職だ(本来は「上師」と呼ぶべきだが、ひとまず本稿では静香さんと呼ぶ)。
ただ、寺と彼女について書く前に、まずは真佛宗について基礎的な説明をしておこう。
全世界の信者数は600万人
真佛宗は台湾嘉義生まれの中華民国軍元少校(少佐)・盧勝彦が、移住先のシアトルで1975年から説きはじめ、1982年に正式に教団を創始した教えである。
シアトル本部のほか、台湾中部の南投県草屯鎮に巨大な寺院を有し、香港や東南アジア・北米の華人社会に教えを広げている。2008年時点で世界の拠点は約300ヶ所(台湾国内で70ヶ所)。現在、全世界の信者数は公称600万人だ。
真佛宗の教義はチベット密教がベースとされ、そこに道教系の民間信仰や浄土信仰、さらに「活仏」である教祖の盧勝彦個人への崇拝が混淆した内容である。 台湾の宗教学者・丁仁傑が記すところでは「伝統仏教教団のきまりごとを受け入れず、教祖のイメージを突出して全面に出して」いるという新宗教だ。