すごいものを観た。年末までにこれを凌ぐ作品が出現するとは思えない。『眩(くらら)〜北斎の娘〜』が、今年放映されたドラマの最高傑作になるのは間違いない。
江戸時代の画家、葛飾北斎(長塚京三)は、いまも国際的な評価が高い。北斎の三女お栄(宮﨑あおい)も、生まれてすぐに絵筆を握った天成の画家だ。大量の注文をこなす父の仕事を有能な助手として支えつつ、自分だけにしか描けない絵と色彩の追求に、その生涯をかけた。
天才絵師とその娘。このテーマに焦点を当てると、たとえ親娘であっても、同業者ゆえのライバル意識と確執が生じ、物語は息苦しくなる。
ところが、このドラマときたら、風通しが滅法よい。お栄は「おやじ殿のように巧く描きたい」と常ひごろ思い、精進しているから、父の才能を嫉妬したり自分を卑下する料簡など、かけらもない。
絵のことだけを考えているそんなお栄だから、いつもいい表情をしている。半鐘が鳴って「火事だ」と近所の住人がうれしそうに騒ぐ。お栄も真っ先に飛びだす。対岸の火事に見惚れる、お栄。江戸っ子を興奮させるあの炎の色を、どう描けば効果的か。そこにしか気が回らない。
絵一筋で、化粧も着物も構やしない。そんな天才絵師の娘を、宮﨑あおいは飄飄(ひょうひょう)と演じ観る者を魅了する。昔っから巧い女優だったが、ちょっとした表情で、画面の空気を一変させる演技力が凄い。
お栄の筆は“闇と光”を精緻に描いていく。大川、そして吉原。江戸市中の影の部分にも光を見出す彼女。そうしたこのドラマ一番の見所とテーマを、美術スタッフは完璧に映像化してしまった。
宮﨑あおいの演技も第一級品だが、作中で彼女が捜し求めた江戸の光と影を、制作スタッフは絵にしてしまった。
映像の美しさ。これがヒロインの魅力に劣らない、このドラマの底力だ。乱雑な北斎の仕事場も、散らかし方に一工夫あって、絵の具を溶く皿も、どれも趣味がいい。一見すると着る物もラフだけど、デザイン良し、着こなしクールで、眼福、眼福。
お栄が思いを寄せた同業の善次郎(松田龍平)の、一見執着のない言動も、その底にお栄の画力への屈折があるのかと思わせて味がある。わずかな瑕瑾(かきん)さえない出来に「大河ドラマに」の声も上がる。しかし七十三分でまとめたから、宮﨑あおいも江戸の街の魅力も存分に堪能できた気がする。
▼『眩(くらら)~北斎の娘~』
NHK総合 9月18日放送