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《桑田巨人復帰の真相》“キングメーカー”原辰徳がけん制した「次期監督気どりのオレ様」とは?

元木や宮本に監督は荷が重い

 阿部の2軍監督としての評判は決して悪くない。指導法が古いとも指摘されているが、熱血漢で人望もある。現役19年間で通算2132安打、本塁打406本、正捕手として8度のリーグ優勝と3度の日本一に貢献した実績も圧倒的だ。

 原監督を支える元木大介(49)や宮本和知(56)はコーチとしての評価は高いが、巨人内で監督候補とは目されていなかった。しかし、桑田真澄となれば話は別。桑田は十分に監督を任せられる“格”であり、阿部にとっては現実的な競争相手になる。

阿部慎之助 ©️文藝春秋

「次期監督の大本命が阿部であることは揺るがないでしょう。原監督のプランとして、おそらくあと1~2年で監督を辞めて、その後は長嶋茂雄終身名誉監督のようなキングメーカーになりたいという考えがある。裏から影響力を行使するためには、自分の言う事を聞く監督でなければダメ。桑田の頑固さ、個人主義を原監督は熟知しているので、実際に後任に据えることは考えづらいです。

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 とはいえ桑田がコーチとして実績を残せば、監督候補として“桑田待望論”が高まるのは必然。つまり競争相手を用意することで、阿部に対して『俺は監督を選べるんだ。ちゃんと言う事を聞けよ』というメッセージを発しているんです」(前出・球団関係者)

阿部と桑田はまさに対極

 野球の考え方としても阿部と桑田はまさに対極である。日本的な指導、野球を重視する阿部に対し、メジャー流を積極的に取り入れる進歩派の桑田の存在は競争相手として脅威になる。これまでの巨人になかった桑田の知見が、日本シリーズで2年続けて4連敗を喫したソフトバンクに追いつくために役立つという期待ももちろんある。

 それでも野球界がこれほど驚いているのは、原監督と桑田、巨人と桑田の関係が険悪と見られていたからだ。2人の現役当時を知るスポーツ紙記者が語る。

「原と桑田は、巨人で選手として1986年から1995年まで10年間一緒に戦っている。しかし野手と投手ということもあり、そこまで親しかった印象はない。当時の巨人にはいくつか派閥があり、中でも“原派”は最大派閥。主なメンバーは吉村禎章(57・現巨人1軍作戦コーチ)、岡崎郁(59・現ジャイアンツアカデミー校長)、篠塚和典(63)、村田真一(57)など野手の主力組に、斎藤雅樹(55)も原に近かった。

 他には中畑清(67)のグループや、現投手コーチの宮本、水野雄仁(55)、槙原寛己(57)らの投手グループがあったが、桑田はそれらのどこにも所属せず、一匹オオカミだった。桑田はタバコを吸わないので喫煙者が多いチームの中で孤立しがちで、食事に一緒に行くのも喫煙者を避けたりと、とにかく単独行動が多かった」

桑田真澄 ©️文藝春秋

 そして2006年のオフ、桑田の巨人退団を巡るトラブルをきっかけに、原監督と桑田の間に“深い溝”が生まれることになる。