早く病院に運ばないと詩織が疑われる
ところが、久美子は同じ捜査段階の供述調書で『日本の警察は優秀だから、そんなクスリ使って家で死んじゃったりしたら、簡単に病気と信じてくれないことを忠告し、病院に運ばないと駄目と詩織に念を押した。そして病院に連れていったら、治療を受けて、茂さんが命をとりとめることになるかもしれないが、インスリンを打ったことを疑われては元も子もない。それが何より心配だった』と供述したとしている。実際、(久美子は)インスリンを打ったと詩織から報告を受けたときも、早く病院に運ばないと詩織が疑われると指示している。
こうした指示は『インスリン製剤を過剰投与した場合には、低血糖症になって意識不明となる。そのままの状態では生命の危険すらある』という認識とは完全に矛盾する。なぜなら、インスリン投与の危険性は、量より注射後どの程度の時間、適切な治療を受けず放置していたかによる。注射後、病院で医師の治療を受けさせたのでは被害者は一命を取りとめる可能性もあり、殺害が目的ならば、目的達成は無理になる。従って、これらのことから久美子の中で低血糖から脳障害、死亡の認識は十分ではなかったと証明できる」
そのうえで詩織と久美子の殺害計画をもこう否定している。
「殺害計画が詩織と久美子で練られたというが奇想天外のきわみ。健常者への大量投与の前例は医学的にほとんどないし、専門医もインスリン注射後、どの程度放置すれば生命の危険が生じるかまったく分からない。素人の久美子がそのような微妙なさじ加減で殺害するよう詩織に指導するなど不可能」
「放置時間」の謎
ここで検察側、弁護側の最終的争点となったのが、詩織がインスリン注射してから救急車を呼ぶまでどれだけ時間があったかだ。つまり放置時間の問題である。もっとも検察は、逮捕直後に詩織から「茂さんにインスリンを投与したのは午後11時ごろ」という供述を得ていた。
これについての、弁護人と詩織の06年11月15日の公判廷でのやりとりは以下のとおりだ。
弁護人 供述調書では『午後11時ごろインスリンを打った』と述べているようだが?
被告人 病院や警察も午後11時ごろと知っているといわれましたから。
弁護人 手が震えた話、警察に言いましたか?
被告人 してません。
弁護人 どうしてしなかったのか?
被告人 つらいことだった。時間も取り調べも警察にあわせればいいと思いました。