小惑星探査機「はやぶさ2」が分離した「カプセル」が、豪州のウーメラ砂漠(WPA=国防省管轄区域)の上空に姿を現したのは、2020年12月6日午前2時28分49秒(日本時間)だった。
プロジェクトマネージャの津田雄一さん(45)にインタビューした「文藝春秋」2月号「はやぶさ2『管制室で震えた“完璧なる帰還”』」で津田さんは、相模原市の宇宙科学研究所(JAXA・宇宙航空研究開発機構の一部門)でその朗報を待っていた時のことをこう語った。
「現地からの報告を管制室で聞いていましたが、ゾクゾクしっぱなしでした。カプセルが大気との摩擦で高熱となり、火球、赤い流れ星として『見えた!』のが嬉しくて。その火球出現が計算と1秒と違わなかったからです。あの火球は、私たちチームが本当に正しく飛ばしていたことを証明しているんだと思って」
1秒以上遅れると小惑星の軌道に入れない
種子島宇宙センターから「はやぶさ2」がH-ⅡAロケット26号機で打ち上げられたのは2014年12月3日、午後1時22分04秒だった。その打ち上げに先立って津田雄一さん(当時はプロジェクトエンジニア)は私にこう説明した。
「打ち上げが1秒以上遅れると『はやぶさ2』は小惑星「1999 JU3」(後に「リュウグウ」と命名)への軌道に入れないので打ち上げは中止です」(拙著『小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦』)
「はやぶさ2」チームは、旅立ちから帰還までの2195日間、毎日毎日、1秒刻みのダイアリーを記しながら探査機の運用を行ってきたのである。
「大量の砂粒が入っていた!」
津田さんのインタビューは開始時間が45分遅れた。
「カプセル内に大量の砂粒が入っていた!」という報告が飛び込んできたからだった。
小惑星リュウグウは生命の起源を解く手がかりとされる炭素化合物を多く含むC型小惑星だ。私たちがこの宇宙でどう誕生したかの物語も教えてくれるかもしれない。インタビューは、その砂粒を人類が初めて手にしたことを確認した瞬間と重なったのである。
「はやぶさ」初号機から17年間取材を続けてきた私にとってもその瞬間に立ち合えたことは大きな喜びだったが、それで思い出したのが「はやぶさ」初号機が小惑星イトカワでタッチダウンに挑戦していた日々だった。