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意識が高い学生が切磋琢磨する競争関係

 普段の生活にはなかった、そうしたルールのある環境を、学生たちは、「学び」と捉えていた。

 マニュアルにも、そんな組織の様子が読み取れる部分がある。

「お金を稼ぐだけではなく、仕事に対する実践的な考え方から社会の常識やマナーに至るまで、あらゆる点で一人前以上の社会人として活躍できる『人財』の輩出を目標に掲げています」

「大学生活をただ適当に過ごして、ぬるま湯につかっていた人間と、(学生のうちから)仕事を頑張って社会に出る準備をしていた人では、4年も時間があればどれほど差がつくか容易に想像できますよね」

 こうした言葉に続いて、敬語の使い方や、上司への報告・連絡・相談の「報連相」の徹底、身だしなみなど、社会人としてのマナーがびっしりと記されていた。格差社会の現実にも触れながら、「自分を高めることが大事」と謳っていた。その分量は、女性への近づき方や風俗への斡旋方法を記したページ数と同じくらいだった。

 アメとムチがあるこの「頑張れる環境」に、多くの「意識が高い」学生たちが集まり、グループ内では切磋琢磨する競争関係が生まれていた。

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 元メンバーAは「この環境のおかげで“成長”できた」と語った。「組織には優秀なメンバーが所属していました。常にPDCA(『Plan=計画』『Do=実行』『Check=評価』『Action=改善』)で回っている感じ。組織の中で1位を狙うことしか考えていなくて、自分の売り上げをいかに伸ばすか、そのためには、時間を惜しまず取り組んでいました」

 業務時間には声かけやバーでの接客に従事し、時間外には、電話やLINEなどで女性に頻繁に連絡を取り“管理”に時間を割いた。そして、仕事の理解度を試すペーパーテストが定期的に行われるため、仕事の勉強も必須だった。

「女の子の愚痴を聞かないといけないし、(風俗店で)仕事を続けさせるための“管理”の電話も、自分が抱えている人数分しなきゃいけない。勤務時間外にやることが多くて、毎日遅くまでかかりましたね」

 上司からは、「空いている時間をどうやって過ごすかが重要だ」と言われ、Aは「その通りだ」と納得していたという。結果を出すべく、とにかくがむしゃらに働いた。

「普通の学生ができないような経験が得られることが魅力的」

 活動拠点だった衹園を案内しながら、よどみなく話すA。私たちは、半グレのグループに所属していたことについて、今はどう思っているのか聞いた。

「人生は経験が物を言うから、大学のうちにいろんな経験をしておきたいと思いました。普通の学生ができないような経験が得られることは魅力的で、話し方とかも勉強になったし、お金も実際に普通のバイトよりも稼げたし、この経験ができて、言い方は良くないかもしれませんが、ラッキーだったと思っています」