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「呼吸にも気を遣わなければ…」福島第一原発の“決死隊”に命じられた想像を絶する作業の実態

『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』より #1

2021/02/24

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, 読書

鎧のような耐火服をまとって原子炉建屋へ

 伊沢は前日、夜勤明けだった。その日の朝、やはり1/2号機の同じD班で働く運転員の井戸川隆太(27)らとゴルフパークで練習をした。福島原発第一発電所の40周年記念パーティを近く開く。そのアトラクションの一つがゴルフパーク競技だった。この日は休日のはずだったが、本番の当直長の平野勝昭が病院の精密検査で来られなくなったため代わりに当直長勤務に就いていた。

 6班体制のローテーションで働く中央制御室の運転員たちの昼夜の勤務交代は午後10時である。午後9時、夜の番の交代要員がほとんど何もなかったかのように姿を見せた。6班のうち5班までの当直長がやってきた。地震と津波で天地がひっくり返る状況の中、家族を置いて、皆が逆方向に逃げるのに逆らいながら、漆黒の夜、発電所までただひたすら歩いてたどり着いたのだった。伊沢は制御室に入ってくる彼らの姿を見て胸が熱くなった。

〈百万の援軍だ〉

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 仲間として、彼らを誇りに思った。

※写真はイメージです ©iStock.com

 第1班は大友と大井川努(47)のチームである。2人とも応援のE班副長である。

 2人は、防護服の上に鎧のような耐火服をまとい、長靴を履き、マスクをつけ、黄色いヘルメットを被った。その上に大きな空気ボンベを背負う。APD(警報付きポケット線量計)を胸ポケットに入れた。APDは、80ミリシーベルトで警報がなるようにセットされている。2人とも手に懐中電灯を持った。先を歩く大井川が、放射線を測るために重さが1キログラムもある箱形のポータブル線量計(サーベイメーター)をぶら下げて、1号機原子炉建屋に入った。

原子炉建屋内の様子

 温度は40度を超えた。真っ暗である。水蒸気が噴き出ている。線量は高い。

 15分以内に作戦を終わらせなければならない。

 2人は、懐中電灯の明かりを頼りに、2階の原子炉格納容器ベント弁のあるところまで行った。

 格納容器外側の弁のバルブのハンドルを大井川が手で回し始めた。ハンドルは20センチメートルほどだが、ずっしりと重い。バルブの横についている開度計は、5パーセント刻みである。大井川が回すたびに、開度計の針が、5パーセント、10パーセント、15パーセントと度数を増していく。大友の持つ懐中電灯がそれを照らし出していた。

 1分ほど経っただろうか。

「開度を確認してください」

 大井川が大友に言った。

 大友が再度、確認した。

 たしかに25パーセントを指し示している。

「OK!」

 大友が叫んだ。大井川が大きくうなずいた。

 2人は、圧力容器と格納容器の圧力を現場の計器で確認しようとした。バッテリーをつないで中操で見る圧力の数値が実際の数値とあっているのかどうか、を確かめようとしたのである。

 圧力は思った以上に高かった。