文春オンライン

「呼吸にも気を遣わなければ…」福島第一原発の“決死隊”に命じられた想像を絶する作業の実態

『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』より #1

2021/02/24

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, 読書

note

決死隊のメンバーたち

 決死隊は、2名1組の3班態勢である。3つの班が同時に現場に行ってしまうと、中央制御室と連絡が取れなくなるし、緊急避難時の救出ができなくなる恐れがある。そこで、1班ずつ現場に行き、その班が作業終了後に中央制御室に戻ってから、次の班が出発することにした。

 それでも、相当量の被ばくを覚悟しなければならない。そのため、若手の当直ははずし、各班とも、当直長と副長クラスの運転員で構成した。

※写真はイメージです ©iStock.com

 東電の原発は、協力企業と呼ばれる下請け企業群の従業員で成り立っている。しかし、中央制御室での運転は、東電が協力企業に依存していない唯一の領域だった。ここだけは、運転員たちが互いにプロとしての自負と固い絆を確かめ合う聖域でもある。

ADVERTISEMENT

「お前は残って指揮を執ってくれ」

 午前3時頃、伊沢は中操(中央操作室=中央制御室のこと)の運転員たちを前に言った。

「緊対からゴーサインが出た場合には、ベントに行く。そのメンバーを選びたいと思う」

「申し訳ないけど、若い人には行かせられない。そのうえで自分は行けると言う人は、まず手を挙げてくれ」

 誰も言葉を発しない。みな、伊沢の顔を見ている。視線をそらすものはいない。誰もが言葉を探しているようだった。

 5秒、10秒……沈黙の時間が流れた。

 沈黙を破ったのは伊沢だった。

「オレがまず現場に行く。一緒に行ってくれる人間はいるか」

 その時、伊沢の後ろに立っていた大友喜久夫(55)が口を開いた。

「現場には私が行く。伊沢君、君はここにいなきゃダメだよ」

 大友は発電部の作業管理グループ長である。作業管理グループは、原子炉の運転や定期検査の際の作業の段取りを決めたり、機器、設備を隔離するための安全チェックを行う。大友は伊沢の2年先輩、運転員上がりである。いまは作業管理グループに所属しているが、地震直後、1/2号機中操に駆けつけてきた。

 やはり後ろにいた平野勝昭(55)が続いた。

「そうだ。お前は残って指揮を執ってくれ。私が行く」

 平野も伊沢の先輩である。本来は、平野がこの日の1/2号機の当番当直長のはずだったが、病院の精密検査のため伊沢に交代してもらった。平野はこの日午後、地震のあと、必死になって福島第一原発に戻り、伊沢のチームに加わっていた。

 2人の先輩当直長がそう言った瞬間、若手が声を上げた。

「ボクが行きます」

「私も行きます」

 伊沢は、涙が溢れそうになるのを感じた。そして、それを見られまいとするかのように、ホワイトボードの方を向いた。

 やはりその日、応援に駆けつけた遠藤英由当直長(51)がホワイトボードに、10人ほどの名前を一つ一つ、年齢順に書きだした。伊沢はその中から、当直長4人、副長2人の計6人にしぼり、2名1組の3班をつくった。