「2号機以降はRCIC(原子炉隔離時冷却系)というのがついているが、1号機はIC(非常用復水器)ですよね。それは何でなのか。出力が違うからなのか」
「炉心では被覆管と水が反応してどうなるんだ」
「その反応で水素ができます」
「じゃあ、水素を放出したら水素爆発が起こるんじゃないか」
「いいえ、圧力容器で水素ができているわけですけども、それをまず格納容器に逃します。格納容器の中は、これは窒素で全部置換されていますから、酸素がないから水素は爆発しません。ベントで煙突のてっぺんから外に放出すればそこで燃えるわけですから、水素爆発は起こりません」
班目は明確にそう言い切った。
菅は帰京すると「水素爆発は起きない」と秘書官たちに言って回った。
野党の党首たちにも、原子力に関する「土地勘」の冴えを大いに披露した。
錯綜する情報
午後4時過ぎ。党首会談を終え、菅は首相執務室に戻ってきた。
福山哲郎官房副長官と班目が部屋で待っていた。
菅が戻るとすぐに、伊藤哲朗内閣危機管理監が地下1階の危機管理センターから上がってきた。
「福島第一原発で爆発音がしました。煙が出ています」
爆発から5分後、たまたま近くを通りかかった警官が「ドーンという音を聞いた。それから1号機から白煙のようなものを目で見た」という目撃談を報告してきたという。
「白煙って何ですか」と菅は班目に尋ねた。
「火事ではないですか。おそらく揮発性のものが燃えているのではないですか」
武黒一郎東電フェローも呼び込まれ、聞かれたが、「聞いていません」「本店に聞いてみます」との答えしか返ってこない。
武黒は、いったん外に出て、東電本店に電話をした。
「そんな話は聞いていないとのことです」
「あなたは水素爆発はしないって言ったじゃないですか」
戻ってきてそう報告したところで、寺田学首相補佐官が首相執務室のドアを開けて飛び込んできた。
「総理、1号機の建屋が爆発しています。すぐ、テレビをつけてください」
そう言いながら、寺田はリモコンを操作しながら、自分でテレビのチャンネルを変えた。
日本テレビが臨時ニュースを流していた。
「福島からお伝えします。原発に関するニュースをお伝えします」
「ご覧頂いているのは、ほぼ3時36分の福島第一原発の映像です。水蒸気と思われるものが、福島第一原発から、ポンと噴き出しました。水蒸気と思われるものが出たのは、福島第一原発1号機付近とみられます」
1号機の建屋が四方に吹っ飛び、白い煙が上空にもうもうと沸き上がっている。
斑目は、それを見て、頭を両手で抱えながらテーブルにこすりつけ、「あちゃー」とうなった。
菅は、声を張り上げた。
「こりゃ、何だ。爆発じゃないのか」
「これは爆発ですね」
武黒が応じた。
菅は努めて冷静に言った。
「班目さん、アレは何なんですか」
斑目は絶句した。頭の中がクルクルまわって、言葉が出てこない。
「水素爆発じゃないんですか。あなたは水素爆発はしないって言ったじゃないですか」
福山が声を荒げた。