『民主主義の壊れ方』(デイヴィッド・ランシマン 著/若林茂樹 訳)白水社

 ランシマンは、ケンブリッジ大学教授の政治学者で、政治問題に対する積極的な発信者として知られる。彼は本書の中で、前アメリカ大統領のトランプよりもフェイスブック創業者のザッカーバーグのほうが民主主義の脅威だと言う。なぜか?

 SNSは頻繁に炎上する。断片的熱狂が巻き起こり、人々の攻撃性が高まる。この特質が民主主義と結合すると、恐ろしいことが起こる。「群衆は、好ましからぬ人物と思えば簡単に攻撃するようになる」。人々の衝動性と強く結びつくこと。これがSNSの属性だ。要求されるのはスピード。オンラインでは、要求にすぐ応えることが重要になる。

 一方で、代議制民主主義は時間がかかる。議会における決議には時間がかかり、審議は常にまどろっこしい。しかも利害関係が絡まりあい、思い切った決定にはならない。イライラする。

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 しかしランシマンは、まどろっこしさに重要性を見出す。代議制民主主義は、大衆の近視眼的な熱狂から権力を守っている。時間をかけることで衝動性を緩和し、冷却させる。このプロセスこそが、安定的な社会の維持と深くかかわっている。

 彼は「終章」で日本の現状に言及する。1980年代の終わりごろ、21世紀は日本の時代になると言われていた。しかし、バブルの崩壊によって「次世代の代表としての未来像は消し飛んだ」。もう誰も、日本の民主主義を目指すべきモデルとは考えていない。

 確かに、日本は政治的にも経済的にも隘路に入り込み、輝きを失っている。しかし、社会は安定し、歴史的に見れば十分に繁栄している。しかも暴力的な騒動はほとんどなく、平和だ。

 ランシマンが日本から得た教訓は、「安定した民主主義は、問題を解決しないが、最悪の事態を回避することには驚異的な力を発揮する」という点である。「民主主義は不運な事態を遠ざけることに長けている」。最善策の実行にはなかなか行きつかず、常に不満が渦巻く。時に白黒つけず、決断を先送りにする。このまどろっこしい道程こそが、民主主義の長所に他ならない。

 しかし、21世紀の民主主義は、この長所を生かすことができなくなっている。オンラインでは、即レス・即決が重視され、常にスピード感が求められる。この特質は民主主義の長所と相容れない。

 一方、SNSを支配するテクノロジー業界の有力者たちは声が大きい。彼らは、常に「課題解決」を追求し、自分たちこそがその担い手であると自負する。彼らはSNSを駆使した民主主義の寵児のように見えるが、民主主義の空洞化を生みだす張本人である。

 私たちが、民主主義のまどろっこしさに耐えられなくなったとき、民主主義は崩壊に向かうのだろう。〈そう簡単に決まらないこと〉の英知を、大切にしたい。

David Runciman/1967年生まれ。ケンブリッジ大学政治学教授。同大政治・国際関係学科(POLIS)長などを歴任。政治学の世界的権威。著書に『The Confidence Trap』『Where Power Stops』など。
 

なかじまたけし/1975年大阪府生まれ。東京工業大学教授。著書に『石原慎太郎 作家はなぜ政治家になったか』など。

民主主義の壊れ方:クーデタ・大惨事・テクノロジー

デイヴィッド・ランシマン ,若林 茂樹

白水社

2020年10月27日 発売