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「警察に行かれたら終わりだ」

 そしてやがて、信じられないセリフがとびだす。「強制はできない。警察に行かれたら終わりだ」終わりなのかよ。今なんて言った? 40分待っても来ない公営救急車の代わりに瀕死の重傷者を病院に届けているのに、警察に行かれたら終わりなの? これ無許可どころか非合法でやってるってこと? 

 そしてその言葉の通り、パトカーが登場して民間救急隊を取調べ始める。許可証があるんだかないんだか分からないオチョア一家はドタバタと探し始める。

©FamilyAmbulanceFilmLLC Luke Lorentzen

『ミッドナイト・ファミリー』の公式サイトによれば、『民間救急車の存在はメキシコシティの人々にとって間違いなく命の綱だ。一方、わいろや規制により脅しをかける警察が普通に存在するような不正はびこる市場でもあるため、民間救急隊は「海賊」や「寄生虫」と言い表されることもある。

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 この現象の発端は、1985年のメキシコ地震後に北米・中米から救急車が流入したことにあると言われている。今日において、この“闇”救急救命事業は世界でも最大規模の最も混沌とした医療システムの必要悪となっている』とのことだ。「必要悪」。そう、これはNGOでもボランティアでもなく、犯罪として救急患者を輸送する人々の物語なのである。

 ちなみに英語版の『ミッドナイト・ファミリー』の説明にはこうある。「Midnight Family is a 2019 crime documentary film」ミッドナイトファミリーは2019年の、犯罪ドキュメンタリー映画である。

患者を奪い合う前代未聞のカーチェイス

 次々と描き出される衝撃的な状況以上に、目を引くのは登場する人々の強烈な個性である。

 長男のホアン・オチョアは個性派若手俳優みたいなルックスで鏡に向かって髪を撫でつけるし、父親のフェルは、ロバート・デ・ニーロがデ・ニーロアプローチのやりすぎで30kg太り、ダニー・デヴィートとフュージョンしてしまったように味のある顔をしている。まだ子供のホセ君も、一家の中でなぜか一番金を持っていて、文無しの父さんの代わりに財布から金を出してツナ缶を買ったりする。『ハリー・ポッター』に子役出演できそうなくらいキャラの立ちっぷりだ。

 彼らを締め上げるパトカーの警官ですらドルフ・ラングレンみたいないかにもという顔のやつが平気でカメラに映る。

©FamilyAmbulanceFilmLLC Luke Lorentzen

 警官に賄賂を渡して逃げ延びる彼らオチョア一家は、いつも金がない。入った通報に(いったい彼らがどうやって救急情報を傍受するのかは映画の中で不明である)「今度こそ金が取れる患者であってくれ!」と駆けつけるが、すでにライバルの民間救急車が前を走っている。向こうもバックドアが半開きのメチャクチャな車両だ。「抜くぞ!」民間救急車どうしの、患者を奪い合う前代未聞のカーチェイスが始まる。