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「車事故 9月 と云うがおかしい」「事故事情はっきりしない」

 2枚目のメモには、その3カ月後にまたもや事故による、金銭の催促があったことが書かれていた。短期間に連続して事故を起こしたことについて、母親もさすがに疑問に感じていたようで、文面は次の言葉で始まる。

「車事故 9月 と云うがおかしい」

 以下、次のように綴られる。

〈9/19 100万 慰謝料

 9/20 350万 新車代

 9/26 180万 物品破損代(時計)

 9/24(※本文ママ) 330万 借用車破損 新車代

 事故事情はっきりしない

 横田(仮名)さんと娘さん3人で来る

 娘さん傷あとのあざをみせる

 松永氏に叩かれた痕とみる〉

©️文藝春秋

 ここに出てくる横田さんの「娘さん」というのは、本連載で過去(第42回)に取り上げた女性だった。当時の夫が働いていたワールドで、夫の借金を理由に、無理やり住み込みで働かされて、松永の暴力の餌食となった美咲さん(仮名)である。彼女は父親が所有する3カ所の農地や現金など、実家の財産を根こそぎ奪われた末に、92年6月に家族もろとも地元から逃亡していた。そんな美咲さんの旧姓が横田なのだ。

 メモにあるように、山形さんの母親は息子による交通事故という“嘘”を看破していた。だが、それでも親心で支払いを肩代わりしてしまう。

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松永が降り出した約束手形も

 その他、母親の手元には、山形さんのカードローンの契約書や、彼がノンバンクでの借金を延滞していた全額(元金534,896円、延滞利息1,065,207円)を分割で支払うとする「和解書」など、多くの金銭にまつわる書類が残されていたが、なかでも目を引いたものがある。

 それは、松永が振り出した7枚の約束手形。「松永商店 代表者 松永太」との印が押されたその手形には、それぞれ40万円から、46万7750円までの金額が打刻されている。支払期日は、平成4年(92年)10月31日のものから、平成5年(93年)4月30日までのものがあった。

松永が振り出した約束手形 ©️文藝春秋

 松永らの逃亡は92年10月上旬であるため、当然その手形は現金化することができない。支払い場所とされているのは、柳川市にある信用金庫。本連載(第44回)ですでに記しているが、松永と緒方が約束手形の支払い期限の延長を求めて同年7月31日に押しかけ、応じてもらえなかったことから、翌朝まで居座り、暴力行為等処罰に関する法律違反事件を起こした信用金庫である。

 これらの手形のうち2枚には、緒方自筆の「裏書」があった。ちなみにそこに書かれた住所は“勘当”されているはずの、彼女の実家のものである。

手形にあった緒方直筆の「裏書」(筆者撮影)

 これがどのような流れで、山形さんの母親の手に渡ったのかは不明である。ただし、“落ちない(不渡り)”ことを承知していながら、松永が約束手形を切っていただろうことは、想像に難くない。

 このように、不法に搾取した莫大な資金を、松永は起死回生を狙って途中から参入した、貸金業などの事業の失敗で、すべて“溶かし”てしまう。あげくの果てには暴力団の上部団体から融資を受けたカネを返済できず、追われる身となってしまったのである。