1ページ目から読む
4/4ページ目

 変更を受けて記者会見した瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、「急に札幌と言われても切り替えられない。ただ、IOCという力の前にはどうしようもない」と、無念さを滲(にじ)ませた。そうかと思えば、日本陸連の事務局長は「反省もあるが、IOCは我々より大きな考えで決定している。それに準じていくのが、我々の立場だ」と説明した。WFと日本陸連、日本陸連の事務局と現場を束ねる瀬古さんが、歩調を合わせることができなければ、同じ方向へ進むこともできていなかった。それがつまり、統制が取れていなかったということである。

議論のテーブルにもつけなかった結果

 その結果、何が起こったのか。

 東京オリンピックのマラソンコースを使って代表選手を選考したのに、選手たちはそのコースを走れなくなってしまった。オリンピック開催国のアドバンテージが、失われてしまったのだった。

ADVERTISEMENT

リオデジャネイロオリンピック日本代表選手団壮行会 ©文藝春秋

 何か大きな決定や変更をする際に、日本人は根回しをする。水面下で承認を取り付けておいたり、交換条件を提示しておいたりして、話を進めやすくするのだ。

 外国人はそこまで根回しをしない。政治の世界では下交渉があるものだが、スポーツにおいては真っ向勝負が多い。忖度もない。

 事前の合意形成などをはからないから、その場では意見が衝突する。ここで日本人は、反論できない。札幌へコースが変更されたら困るのに、誰も正式に「NO」とは言わなかったのだろう。

 前大阪市長の橋下徹さんは「コース変更に反対するなら、東京オリンピックをやめると言えばいい」と発言したが、劣勢のあの局面を変えるには、それぐらい思い切った意思表示が必要だったと思う。一か八かの駆け引きだが、苦いものをただ呑み込むだけでは交渉と言えない。

交渉で大切なのは「勝ちかた」ではなく「負けかた」という意識

 交渉のテーブルに、誰もが納得できる解答はない。折衷案でも、どちらか一方の妥協の幅が大きいものだ。

 自分たちの主張を示したうえで相手の意向に沿えば、「貸し」を1つ作ることができる。交渉で大切なのは「勝ちかた」ではなく「負けかた」であり、負けるなら「貸し」を作るのが国際交渉の本質だと思う。真のグローバル人材とはそういうことだ。

交渉において求められる能力

 自分たちが蚊帳の外に置かれないように、日常からパイプを作っておく。加えて、結論から逆算した交渉のシナリオを練っておく。自分たちの利益が損なわれることに対して「NO」と言うのは、そのためのキーファクターと言っていい。「YES」か「はい」としか言えない日本人では、世界と戦えない。

 物事をダイナミックに変えたいのなら、上へ行くしかない。政治もやるしかない。それが現実世界である。

 プロにふさわしいリーグを作りたいのなら、クラブで頭角を現わした人材はリーグや協会へ吸い上げ、さらに選りすぐりの人材は国際団体へ送り込む。それぐらい思い切った施策を講じていいだろう。