不倫したら男女とも「死刑」――。粋な町人文化の象徴と思われがちな「色ごと」だが、不義密通はもちろん、婚前交渉ですら奉行所で一旦裁きにかかると死刑や追放といった厳しい刑罰が待っていた。

 江戸時代の名奉行らによって残された大量の裁判記録の中から、男女間の性的な事件・犯罪に対する裁きと仕置をまとめた一冊が、作家の丹野顯氏の『江戸の色ごと仕置帳』(集英社新書)だ。具体的な事例を紹介した本書の一部を抜粋して転載する。

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川柳にもレイプ多発をうかがわせる内容が

 性犯罪はなかなか見えにくい。とりわけレイプ(強姦)事件は潜在化する。これは現代でもいえる。最近、認知件数(警察への届け出数)は漸増して年間2000件を越えているが、発生件数となるとどのくらいあるのか見当もつかない。届け出件数の10倍くらいはあると予測する弁護士もいる。

 警察や裁判の在り方が今にもまして被害者に苛酷であった江戸時代には、レイプは頻発していたにもかかわらず、今以上に外に現われないことが多かった。市井の出来事を斜にとらえて笑いで味つけする川柳には、レイプの多発をうかがわせるものがある。

(写真はイメージ)©iStock.com

 たとえば、「ばち一本もって娘はかつがれる」(安永1・梅2)は三味線の稽古帰りの娘が襲われた光景である。また「かつがれた下女は空地(あきち)で賤ヶ嶽(しずがたけ)」(柳多留38・22)は風呂帰りでもあろうか、下女が何人もの男にレイプされている。町中にある空き家や空き地、寺社の境内地は昼間でも油断がならなかった。

 しかし江戸時代のレイプ事件は、大半が奉行所に訴えられることもなく、被害にあった女性は泣き寝入りで終わることが多かった。大きな理由は、町奉行所へ訴えるとなると親だけでなく、町名主や月行事(名主の補佐役)・五人組・大家ら町役人に犯罪の事実を確認してもらったうえで、彼らにも奉行所へ同道してもらわなければならない。

 奉行所では取り調べのプロである吟味方与力から、犯行状況の微細な証言を要求される。この間、被害者のプライバシーを守るという配慮はなく、被害女性にとっては精神的にもう一度レイプされるようなものである。そして、のちのちまで町中に知れることの不名誉・不利益が追い打ちになった。