「水を用意してあげてください」
尋問を拒みはじめた横山に「裁判所も中途半端な気持ちになってしまいますよ」とアドバイスした裁判長だった。
「よろしかったら、水を少しお飲みになってください」
用意されたコップの水を遺族に勧めた。
「お父さんを、返してよぉー!」
それから、弁護側の反対尋問に入る。だが、それももはや長くは続かなかった。
廣瀬の弁護人がこう尋ねたのだ。
「あなたは土谷被告の法廷にも証人として出廷している。そこで、事実を明らかにしない、語ろうとしない土谷被告と較べて、麻原の法廷でも証言して、事実を明らかにしている廣瀬被告とでは、罪の重さが違うと思いませんか」
すると彼女は、ふっと冷めたように泣き止んで、こう言ったのだ。
「重さって、何ですか?」
この異変を察知した弁護人が、すぐに質問を変えたのだが、もはや遅かった。むしろ、その質問は逆効果だった。
「あなたは調書の中で、お父さんを返して欲しい、でも絶対無理だとわかっている、それを言わないつもりでいても、でも言ってしまいます、とありますが、現在でもこの気持は──」
弁護人の言葉に背中を押されるように彼女の背中は小さくそして激しく震えはじめ、唐突に声を上げはじめた。
「お父さんを、返してぇ~……、お父さんを返してくださいよぉ~ー!」
ただ、ひたすら喚くようにそう言い返しては、泣き崩れるばかりだった。誰にも止めようがなかった。
「ちょっと、お休みになりますか」
裁判長が割って入った。
それで、立てそうにないのを、証言台の椅子から無理をして立つ証人。そこに痩身の女性がふらふらになりながら、被告人席の廣瀬を見据えて、絶叫したのだ。
「お父さんを、返してよぉー! うわぁー!」
そのまま崩れ落ちそうになったところを裁判所の職員に支えられ、裁判所の扉の奥に消えていった。