『二人がいた食卓』(遠藤彩見 著)講談社

「食というのは『一緒に食べてハッピー』だけでなく、光と闇の部分があるんだなということを、自分が食物アレルギーになって改めて知りました」

 作家の遠藤彩見さんは『給食のおにいさん』シリーズや『キッチン・ブルー』など、これまでも食にまつわる作品を発表してきた。それらの著作では、「食」の力をプラスにとらえるのと同時に、そこに潜む闇や生きづらさも描き出している。

「私は幼いころは太っていて、思春期は『お腹が空いた、食べたい』という本能と『これは太るから食べてはいけない』という気持ちの間で常に揺れ動いていました。大人になってからはバランスが取れていたのですが、30代になったときに食物アレルギーが分かり、赤身の肉は駄目、卵も控えたほうがいいと診断されて。それまでの『焼肉最高!』の人生が一変し、人間関係まで変わってしまいました。そこから『食と人』についてすごく考えるようになったんです」

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 今回上梓した『二人がいた食卓』では、「食」をめぐって苦悩する夫婦が登場する。メーカーでプロダクトデザインを担当する泉と、同じ会社の営業部に所属する旺介。二人はそもそも「食」をきっかけに結婚に至った夫婦だった。

 食品のパッケージデザインを手掛ける泉は、一緒に仕事するなかで旺介に惹かれ、彼との将来を考え始める。料理の腕を上げ、「ファミレス舌」だという彼好みの料理を作ることで心を掴んだ泉は、最終的にある作戦(ぜひ本書を読んで確かめてほしい)を用いて旺介との結婚を実現させる。しかし結婚して半年後、ふたりの食卓には早くも暗雲が垂れ込めている。

「おいしい料理を作って喜ばれたい、という気持ちは多かれ少なかれ皆さんあると思います。しかし泉はそれが承認欲求と深く結びついてしまった。理想の家庭の形をつくって充たそうとしたけれど、相手も人間だから、思い通りには動いてくれないわけです」

 毎日一緒に食卓を囲むことが家族の形だと信じ、体に良い食事を作ることに心血を注ぐ泉。しかしそれは夫にとっては息が詰まる生活だった。口に合わない夕食をこっそり捨てていたことを責められ、旺介は「食事は作らなくていいって何度も何度も言ってるのに、それでも食事を作るのは、食べものを無駄にしてることじゃないの?」と嘆く。

 人に「食べさせる」という行為は、時にハラスメントの要素をはらむ。

「私もアレルギーで食べられないものを前に『大丈夫だよ、体が慣れるから』『これはおいしいからちょっとでも食べてほしい』と勧められたことがありました。それはそれで好意であることは分かるのですが、『私はそれでアレルギーが出てしまうのに、なぜこの人は勧めてくるの?』と絶望してしまうときもある。一方で、理解のある友達が一緒に食事してくれるときには、倍の幸せを感じます。食が人の心に及ぼす影響は本当に大きいです」

遠藤彩見さん

 夫婦で健康的な食卓を囲みたいという妻の気持ち。疲れたときには自分の好きなものを食べて満足したいという夫の気持ち。どちらも間違ってはいないが、そこで生まれる溝は決定的だ。「食」の価値観の違いをここまで深く抉(えぐ)る作品は珍しいだけに、読者の意見も割れている。

「『旺介が子どもだ』という意見の方もいるし、『泉が重過ぎる』と言う人もいます。自分の立場や体質、環境によって、共感できるポイントが変わる。100人読めば100通りの読み方がある小説になったと思います」

えんどうさえみ/東京生まれ、埼玉育ち。1996年、日本テレビ・シナリオ登龍門の優秀賞を受賞し、脚本家デビュー。2013年、初の小説『給食のおにいさん』を上梓。同作はシリーズ化された。他の著書に『イメコン』『バー極楽』など。

二人がいた食卓

遠藤 彩見

講談社

2020年12月9日 発売