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「生産性を下げるからこそ、プロレスは面白い」 経営者との“二刀流”レスラーがプレゼンするプロレスの魅力

スーパー・ササダンゴ・マシン インタビュー#2

2021/03/05

 マスク姿でポーズを取っているのは、スーパー・ササダンゴ・マシン。DDTプロレスリング準所属の現役レスラーでもあり、新潟にある坂井精機の取締役社長でもある。彼の特徴と言えば、なんといっても試合前に行う「煽りパワポ」だ。新潟大学の大学院で学んだ経営学の知識を生かし、会場でこれから行う試合の見どころを、パワーポイントを使ってファンにプレゼンする唯一無二の手法である。

スーパー・ササダンゴ・マシン ©️文藝春秋

 ではなぜ、彼はそんな奇抜なことを始めたのだろうか――? 経営者とレスラーと言う2つの顔を持つササダンゴ選手に、レスラーからみた「プロレスの魅力」とその魅せ方について語ってもらった。(全2回の2回目/#1を読む)

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プロレスとの出会いとDDTで学んだ「魅せるプロレス」の魅力

――大学生の頃に大仁田厚さんの試合を観て、プロレスに興味を持たれてから、DDTプロレスリング(以下、DDT)に映像制作として参加されたのですよね。

ササダンゴ そうです。DDTは2000年頃、「ATOM TOKYO」という渋谷のクラブで興行をしていたんです。ゴリゴリの“ナンパ箱”の中に、無理矢理リングを入れてやっていましたね(笑)。その頃のDDTのキャッチコピーは「闘う連続ドラマ」。アメリカのプロレス団体の「WWE」みたいに、ドラマ仕立てだったんですよ。毎週、悪の社長軍団と戦うエース・高木三四郎のドラマが繰り広げられていたんです。それも全部ストーリー仕立てで、休憩中もバックステージでの抗争のドラマが描かれていたりして。それがすごく面白かった。

――今では、そういったバックステージも見せるような演出は珍しくはないですが、当時は画期的だったのですね。

ササダンゴ 試合前には前回の試合までのおさらい映像があったんです。今の格闘技の「煽りVTR」と言われるものの原型になるものなんですが、これを最初にやっていたのがDDT。でも、これを毎週作るのが大変だったようで。スタッフが1人で作っていたので、その人に弟子入りする感じでお手伝いを始めました。それで何となくDDTに出入りすることが多くなって、最初は撮影だけしていたのが、いつの間にか会議にも呼ばれるようになったんです。

©️文藝春秋

――徐々に本格的に、スタッフとして参加しだすのですね。

ササダンゴ そうなんです。会議室に行くと、レスラー達はいないんです。高木さんと友達の編集プロダクションの人がいるだけ。サブカルっぽい人たちがいっぱいいて、「来週こんなことしましょう」「(アメリカの)WWEでこんなことがあったんですよ」とか、企画会議していた。そこに混ざるのがすごく楽しくて、そのままスタッフとして活動を続けていました。

 やっていくうちにわかったのが、「レスラーはレスラーの言うことしか聞かない」ということ。それで、面白い企画をやるには、自分もプロレスラーにならないと…と思ってリングにも上がるようになったんです。